小説
「虐待会社」
原稿のサンプル
アルドウインクル デビット
(ペンネーム:有道 出人 [あるどう でびと])
email: davald@do-johodai.ac.jp
私なりの経験では、日本では生活が四季ばかり。というと、毎日、夏、秋、冬、と春の雰囲気にころころ変わる。札幌の春の天気のみではなく、人間関係も同じ。5年前、日本で貿易会社に勤めた時、痛感した。札幌らしく、短く暖かい夏の後、毎日ますます冷たい雰囲気になり、結局厳寒の時期を耐えなければならなくなった。「Mワタナベ貿易」は15ヵ月間、私の季節をコントロールした。
ワタナベ貿易はまれな会社だ。際立って国際的ではなく不況な札幌で、この会社が「外人のクリス」を雇った。大手の会社ではなくて、それどころか僕と秘書を含めて社員が7名。安宅産業 の解散の後、敗残兵5人はワタナベ貿易を15年前に創立した。ずっと、職場の花以外誰も雇わず、平社員はいなかった。そして、渡辺社長がアルコール中毒による死去後、いわゆる「新血」を入れないと会社の将来性がないと分かって、後釜に座った鬼山社長が活気的な決定を下した。「初新入社員と共に若い外人を雇い入れよう。ワタナベ貿易が活性化する様に。」と割り切った。そのきっかけで、平成2年9月吉日より、僕はワタナベ貿易の社員になった。
勤めた1年余り、一番印象に残った日は平成3年12月25日。僕にとって非常に大事なクリスマスの日。業務命令の為、出勤した。通勤の時、地下鉄で英字のエコノミストを読んでいる僕は「また一日が始まった」と考えて相変わらずの覚悟をした。真駒内駅を出て、平岸駅に停車した時に、雑誌から目をずらして、周りの乗客を見回した。 1人だけと目と目が通じ合った。
「あっ、しまった!熊口さんがいた。」
僕はサッとエコノミストを隠したが、後の祭りだった。もう熊口が知らん顔を決め込んだが、僕の「不正行為」が分かっただろう。僕はふと立ち上がって違う車両に行ったが、「逃げるのはもう多分一人相撲だよ」と僕の中の声が言った。「どーせ熊口に会うから、雑誌のことはとぼけて会社に行け。」
地下鉄を札幌駅で降りて8時半までにワタナべ貿易についた。正式のスタートは朝9時だが、早めに行った理由は社内掃除の為ではなはい。掃除はおばさんに委ねる。新入社員の「根性表わし」の為。上司は遅れてもいいが、部下は必ず早めにとのこと。昼飯も同じ;名目的に昼休みは12時から1時までだが、「20分ぐらい待たないといい社員にならない。そして、12時50分までに戻らないといけない。いい根性のある社員は30分以上いらないぞ。」と僕の上司、甘江課長が下した。
とにかく、僕はやっとワタナベ貿易に到着し、玄関にある古く傷だらけのロッカーに上着を入れた。事務所のドアを通ると電話中の甘江課長の姿が見えた。「あのな、安部ちゃん... うん、そりゃそうだ。はい、分かった。すぐFAXを送信します。ところで、この間の飲み屋での件だが、どうなった?ああ、そうか。ウアーハハ!...」相変わらず、甘江さんはデカい声デカいお腹が振るえた。
甘江は46歳、九州生まれ、道産子と結婚して中1と小学3年生の娘2人がいる。学歴は高校卒、18歳より安宅産業入社。「俺は大学の資格は要らん。大学が物を売るんじゃない。人が売るんだぞ。」とよく高学歴のある奴をチャかした。その通りだろう---彼は暖かい人間関係で喰った。甘江のキャッチフレーズは「円い」だろう。お腹がベルトからぶらさがているし、顔の下の二重顎は真ん丸運動不足の相撲力士の印象を与えた。体だけじゃなく、人柄も円かった。必ず角を立てない慎重さを皆に見せた。言い方も笑わせるし、非常に好かれやすい人。だから僕の上司にされた。彼を真似すれば儲かるじゃないかと思われた。まさに、甘江はワタナベ貿易先輩のビジネスマンの中では一番売り上げ高が高い。ようするに、甘江が自分の「円」(まる)のイメージを利用して、「円」(えん)にした。
電話が鳴ったので僕は受話器を取った。「はい、ワタナベ貿易でございます。」と口からスラっと出た。「あ、今日ならろれつが回るか」とつぶやいた。またコンパネの注文だ。輸入物は今週いくら? インドネシア製11.5mm JAS 規格一枚は現在910円。発注900枚となった。ありがとうございました。電話を切り、注文書WB31225-01を記入する。「スーパー輸送宛。富士建設の東雁木倉庫まで大至急配送。口紅物産石狩新港第2倉庫より引き取り。UNIC車必要。宜しく。ワタナベ貿易のクリスより。」もう記入するのは自動的になった。「よし、FAXしよう!」僕はサッ立ち上がってFAX機械に行く途中、甘江さんが「クリス!」と自分の電話の受話器から叫び、彼が記入した未送信の注文書3枚を渡した。僕はそれらにきちんと注文番号をそれぞれに記入して、FAXのトレーに乗せ、「スーパー輸送」短縮ボタンを押しそのままにして席に戻った。また電話が鳴った。
電話3本を受けてから、やっと僕は席に座った。ドアに一番近いグレーのボロくさいその机は甘江課長の右隣。彼が僕に目配せをして、僕の「おはようございます!」に「はいよう」と返事した。今は甘江らしい情けがあった挨拶だった。他の社員がいないから。いたら「クリスを甘えるな」と批判される。
他の社員が出社した。8時53分女性2人が声を合わせて「おはようございます」と無感情で言い捨てた。小さい更衣室に入ってお茶を入れながら、幾分世間話しを交した。「宮沢りえはSanta Feで恥毛解禁だってねえ。気持ち悪いしょ!」と中でくすくす笑った。一人は牛田さん。24歳で、ダサイおたふく顔なので、全く色気について無関心。でも、請求書記入、電話、簿記は彼女の得意、彼女は文字どおりの縁の下の力持ち。その為、牛田さんは社長専用の秘書だ。もう一人の女性は川井さん。22歳。いつもミニスカートでくねくねもじもじ態度であり、ぶりっこっぽい。彼女の方が来社するお客さんの受け付けとお茶汲みの役割なので、文字どおり職場の花。要するに、牛田は引っぱり馬、川井は引っぱり凧。
これ以上描写することができない。表面しか知らないから。「女性と親しくなるな」は業務命令である。為にならない。どうせ25歳を超えると退職させるのはワタナベ貿易の常識だ。
9時ちょっきりに部長の岡内(おかない)が出社した。53歳、札幌市生まれ、公立大卒、国立大学生の息子と娘もいる。岡内は甘江と正反対。骨皮筋の姿。乱れているクルーカット髪形、厚い官僚者眼鏡、しわだらけの背広、彼は高級なかかしに似ている。「効率」をこだわる性格だ。スローガン:「儲けるだけ!」「はいよ」とつぶやいて、サッサッと机まで行進し、ゴロンと席に座ってたばこを茶色すきっ歯に突っ込んで、右手で火を付けながら左手で受話器を取った。溜まったメモを見て仕事をテキパキとこなす。10分以内に電話4つを入れた:1)クレームを入れたお客さんに折り返しかけて問題の詳細を聞いた、2)工場にクレーム報告、そしてむてっぽうな生産について叱った、3)配送した運送会社に速く再配送を頼んだ、4)クレームを起こしたお客さんに昼休みまでに新たに新品の物が入ると報告した。最低限まで丁寧語を使って、あまり笑わないで冗談を言う商売のスタイルは岡内部長である。
岡内はワタナベ貿易の2番目のボスなので、机は社長の隣。窓際の社長の机に一番近い。即ち僕の机から一番遠い。彼の隣に秘の書牛田が座って、彼女の向いに川井の机がある。又川井の隣に甘江の机があるので、まるで「上司サンドウイッチ」に挟まれてお肉は女性だった。最後に、僕の真向いの席は熊口課長のだ。
9時15分に熊口が出社した。同じ地下鉄なのに、どこかで45分ぐらい油を売ったらしい。彼はミント色の背広を着て、もう火が付いているアメリカ製のたばこが手にあった。灰を格好付けたように甘江と共用しているいっぱいの灰皿にポンと叩いた。
熊口は47歳、東京生まれ、慶応大卒、ワタナベ貿易の3位。甘江は彼より早く安宅産業に入社したものの、ワタナベ貿易に対してはとりわけ年齢が再優先される。もうワタナベ貿易創立後の15年間、部下がいなかった為甘江がいつでも一番下の社員だった。「クリス、おまえを雇って良かったなあ。やっと俺ののなすがままになる後輩が出来た。ウアーハーハ!」と甘江課長が豪快に笑った。
僕の「おはようございます。」には熊口が無言。今日は大変な日になると分かった。熊口は機嫌が良けれは、「はいよ」と言い捨てる。普通なら「はい」とつぶやく。なぜならば、彼との関係が幾分深い。数年前に僕が単なる英会話の先生であった時、熊口は僕のクラスの一番ペラペラな学生で、議論するのが好き。彼と一緒に飲むのは実に楽しかった。文通で彼がその時不況なアメリカで仕事を見つけられないクリスを助けようとした。社長に「クリスはいい人だよ。雇おう。」と説得した。だから、彼の味方では仮に彼が僕の地獄の仏さん。よく恩に着せて横柄な態度は普通だ。
とにもかくにも、僕の挨拶には無言なら大変。不機嫌様として熊口は引き金があれば真向かえの者を奴当たりする。引き金があった。米国ウエアハウザー、熊口が我が社に紹介したので、うまく行けば箔が付く。そうじゃなければ減点主義のワタナベ貿易で彼の株が落ちる。多分株だ。昨日ウエアハウザーに電話を入れたのにまだ返事が来ない。やはりまた取り引きの約束を破ったんだろう、と顔が言った。たばこを灰皿で揉み消して、またポッと口に刺して熊口はこわい「熊の口」を用意した。
ウエアハウザー東京支店に電話した。「あのね、札幌でOSBを売ったら、いつでもワタナベ貿易経て売ると言ったんだろう?」ワタナベ貿易は建築業界代理店として工場から問屋に斡旋して、たいてい手数料3%をもらって喰う。でも、販売先が我が社を迂回すれば紹介された顧客に3%割引でこっそり売ることはよくあることである。ワタナベ貿易はそのものとして非常に立場が弱いので、防がないと我が社が身を持てない。だから、熊口は今芽を摘もうとしている。
「...いや、今回はミスにならない。また直接我々の仕入先に売ったということ....ええ、....ええ、....だけどさ、そういうことはこのクニではいけないことでしょう?....ええ、....ええ。もうお宅さんが約束を守る気がするなあ。....いや、それは遺憾。課長、課長の上司のお名前とお電話番号を教えて下さい。....知らんか。真っ平だ。じゃあ、もう話は無駄だよなあ。切るからね。」カチン。
これはまた熊口の顔で受け入れたモノでメンツ損ないだ。仮に僕もその者でもある。
噛んだ吸い殻をもみ消しながら、熊口が怒り目で僕を目つめた。「アバーナシー君、」と僕に不平を言い、「おまえの態度はなっとらんぞ!もういい加減に英字雑誌を読むんやないと言ったんだろう。見たぞ。こら。」
僕は熊口に向いてとぼけてにこやかな知らん顔をした。
「速く小樽運送まで電話しろう!」と熊口。
今回は本当に分からなかった。「すみません、課長、なぜ小樽運送に電話するんでしょうか。」
「こら!FAX用紙を見て。注文したぞ。ほら、そこ!」と熊口が吸い殻の灰をぱっとFAXの上に巻散らした。
「ああ、課長さんが発注した注文ということですね。」
「質問を聞くな、おまえ。速くやりなさい。」
速くした。実は、小樽運送は非常に親しみやすいお客さんだ。胸が樽の形で握手が強すぎて、その海老原社長は漁業から転職した。大変インフォーマルな言い方が好きな方だ。かえって、威張らせると嫌がる。そして、小樽で焼鰻を食べながら知り合って、「いやあ、クリスちゃん、分からないこと一杯あるだろう。だからなんかあったら素直に聞け。教えてやるよ。とにかくよく電話して注文頂戴よ。」と笑いながら言ってくれた。それは建て前じゃなかった。電話で必然的に不明なところがあって、いくら僕が質問しても、海老原社長は全く文句を言わない。ワタナベ貿易の上司とは対照的である。
小樽まで電話して海老原社長に繋いでもらった。挨拶が終わると「おい、クリスちゃん、儲けているか。」
「わりと。」
海老原社長がくすくす笑った。「いやああ、日本語がうまくなった。とにかく、注文ナンバーWB-12-36だよね、コンパネ1000枚。まあ、あすの朝までに苫小牧のお客さんまで配送は無理あるなあ。明日から石狩倉庫が年末に入るから休みだろう?今ごろ希望通りになれねえな。ちょっと勘弁してくれ。来週火曜はどうだい?」
僕は幾分おおげさな唸り声を出した。「いやああ、あのう、お客さんが今日までにと求めているとも。」それは嘘だった。問題は熊口が僕の担当した販売先から注文を受け付けすると無理やり早く配送到着条件を付ける。そして、僕は後で片付けなければならない。だから、小樽運送のいい仲良さを壊さず、お客さんの注文を果たすために巧妙なバランスをとらないといけない。相変わらず熊口の仰ぎを喰う。
だから妥当な妥協が必要だと判断した。「じゃあ、社長、来週月曜はいかがですか。少し検討して後程お電話ください。宜しくお願いします。」ここで小樽運送が幾分反論したが、僕が深くお願いして「考えとく」と彼が言い、交渉が終わった。お互いの立場が分かった。彼は年末年始に運転労働組合とのトラブルを起こしたくないし、僕も販売先を怒らしたくなかった。ワタナベ貿易が代理店として販売先のなすがままなので、不満があれば我が社がバイパスされるわけである。でも、小樽運送が臨機応変性を見せないとワタナベ貿易も他の輸送会社に緊急に頼む。運送代が高いが、喧嘩となれば一番損するのは小樽運送となる。日本のビジネスは微妙な面で複雑である。
「ところで、クリスちゃん、奥様はやさしくしてやっているか。」
「いや、もう駄目だ。若いのに、もはや、やさしくないよな。やっぱり、思った通りに、結婚して、もっすぐ感激してないみたいよな。まあ、ご存じの通り、『釣った魚に餌は要らない。』そうでしょう?」
海老原社長が顎を下げて笑った。「いやああ、本当に日本語がうめえ。それがけしからんなあ。気の毒。じゃ、それなら子供できないだろう。教えてやるか。」
僕は調子に乗った。「いやああ、俺のオッカは誰にもふさわしくねえベヤ、ほら。社長はやはり我々の生殖には援助にはならんな。非常に恐縮だが。」
海老原社長がなおさら爆笑した。別れ挨拶をそのところで言って電話を終わりにした。
では、ここで最後のキャラクターを紹介しよう。彼が僕だ。ローマ字でChristopher Abernathyだが、カタカナではろれつが回らないアバーナシークリスとなる。だから、会社では家内の旧姓から「『堀越』クリス」を採用させてもらった。平成元年、クリスは道産子、6歳年上の姉さん女房、堀越文子(ふみこ)と結婚し、4年が立ってもまだ子供がいない。それはよく話題になる。「きれいな若い奥様がいるのになぜ子供が出来ないのか。やり方を教えてやるか?」と建設業界のおじさんによく言われる。ともあれ、僕の背景:27歳、ニューヨーク州生まれ、コーネル大学の教養部で政治学学士を得た。それに、4年間来日と渡米して、日本の英会話学校と日本酒の醸造所で日本の会社のやりかたを見学しながら、大学院に通った。一昨年カリフォルニア大学サンデイエゴ校商で学修士を得たが、実際的なビジネスの経験が浅かった。だから、僕の学歴がマイナスになった。「おまえ、エリート大学を卒業したクセにこれが分からないのか。だからあんまり給料を払う甲斐がないぞ。」と僕はよく叱られた。
また叱られる場合が出た。振替をやめて海老原との話し合い電話に戻ろう。僕がその内容をメモに書いておいた途端、大変なことを見た。
ドアの隣の上着掛けで上着がユレユレと揺れている。プルークスブラザーズの高級背広。この上着掛けは社長専用なので、鬼山社長が登場した訳。僕は気がつかなかった。チラっと確認して、はい、彼が机で坐っている。酔っている赤い顔をしているが、決して酒が原因ではない。怒りだ。
ああ、電話がまた来た。考える暇がない!でも、今回、何を怒っているのかは心の底で仕事をしながら考える。海老原社長との会話の言い方?ありえる。お客さんと親しげな態度が怒りの的になった前例が確かにあった。昨日僕の注文書を検査して、変な字の書き方を見つけたのか。それとも、大分前の一緒に外食した時、僕が酔った話しが社長の心に残り、数日間分析されても社長の腑に落ちなかったのか。まさかスニーカーの件じゃないよね!もうマイタ!過ぎた1年間に怒られた原因がはピンからキリまであったので、今度はもう予想出来なくなってきた。
鬼山社長がいきなりサッと立ち上がって、面談室にサッと入って、電気のスイッチをペシャッと平手打ちしながら「甘江君!」と絶叫した。甘江、電話中、早速別れの挨拶を言い、受話器を置いて、蟹のようにせかせかと面談室に入った。
電話が相次いで来たが、岡内部長が次に鬼山に呼ばれた。数分後に熊口課長。女性2人と僕がもう圧倒されている。「折返し乞う」とのメモがすぐそれぞれの机での山になった。「何、これ!社長はどんな電話のラッシの後まで待てないぐらい大切な用事があったのか。仕事を差し支えることがないはずだ!。」と考えながら、僕はため息を吐いた。
どうせ僕に関しているだろう。ひと嵐がくる。
待つしかない!と決心した。
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振り返って見ると、ワタナベ貿易は最初そんなにひどくはないと思っていた。平成3年僕は大学院を卒業する時、アメリカがちょうどブッシュ大統領による不景気の時期だった。商学修士は一時的に供給が応じないぐらい需要されたが、益々過剰になった。それに、冷戦終戦のいわゆる「平和配当」による米軍基地閉鎖による西海岸不況、僕の好きなカリフォールニア州での募集があまり求めなかった。最後に、我々日本語をしゃべる白人が不利だった。日本の会社はたいてい留学経験のある英語をしゃべる素直な日本人を求め、「外人社員を雇用すれば、「会社の国際化の為」、「英語の先生」、「我が社の海外まで派遣するエリートの社員の訓練の担当」、もしくは「ペット外人」の将来性のない地位になる。この立場から雇われた外人が出世について愚痴を言ったら、首にしてまた雇う。そして、不況なら、OL, 窓際族と外人がリストラの第一波。そして、日本に上陸するアメリカの会社が求むと期待したが、それどころか雇われない。「日系人じゃないなら、日本語は完璧に学べないだろう。」との偏見を示した。要するに、日本語を勉強する日本人じゃない者はかえって不利を感じて、ガッカリした有望な人が大勢いた。
だから、ワタナベ貿易が僕の地獄の仏だった。英会話学校で熊口さんと知り合った時、飲みながら色々な重要な話しをし、雑談で時間を無駄使いにしたことがなかった。アメリカで卒業する前に、背水の陣として「仕事ありますか。」という手紙を熊口さんまで送って、彼がわざわざ渡米して説得しに来た。急増する給料を提供して、日本人と完全に平等な待遇を保証した。「日本の名前にさせて上げるよ。”堀越クリス”がいいしょ?聞きごごちがいいね。」
でも、僕は懸念があった。「なぜ僕をこれぐらい優しくして下さっているんですか。」と聞いた。熊口:「クリスさんがいい人だと分かる。縁がある。とにかく、心配しないで。我が社に入れば正規な社員として入れるよ。終身雇用で。我が社が普通の会社と違うよ。」
正にそうだ。結局恵みからタタリにじりじり化ける。
僕のワタナベ貿易入社は平成三年九月二日。する上列が設立された。僕の上司は甘江課長となり、お世話になった熊口は僕のアドバイザーとなった。岡内部長と鬼山社長はクリスの訓練手放しする。「甘江君は仕事の事について質問があれば聞いてごらん。ところが、疑問、不満、問題や何かがあれば、熊口君に言って頂戴。彼は堀越君の無条件な見方だよ。」と鬼山さんが下した。
最初の日から僕も電話に出た。初めてではなかった。日本の会社にての一年契約のインターンとして経験があった。でも、やはり難しかった。今程日本語の能力が全く下級だったことを思い知らさせたことはない。その日の夜、甘江さんと熊口さんに褒めてもらって、慰められた。そして、その後ススキノに言って、ワタナベ貿易の初新入社員歓迎会を開いた。
ビール3杯目、熊口さんは僕にスピーチを願った。「感想何でもいい。」と言った。僕はその時期の日本語レベルでこの様に言った:
「わたくしは日本のビジネスについてあんまり分からないと思います。日本とアメリカがとっても違います。ですから、速くお金になる社員にはならないと心配しています。でも、速く習う様に一生懸命頑張ります。いい社員になりたいんです。皆様、わたくしの教育、ご協力をお願い致します。宜しくお願い致します。」
拍手してもらったが、鬼山さんが多少不満な顔をした。こう言った:
「堀越君、商売にとって日本とアメリカはそんなに違わないぞ。両国の商人は儲けることを重んじる。両国は顧客をお世話する。大学院で何を学んできたのかは知らないが、話し合いでは一番大事なことひゃ値段だ。マナー、態度、格好は交渉では為にはなるが、こだわるな。値段がカギ。もう、勉強した変な理論を切り捨てて、一つのことだけフォーカスしたまえ:プライス。学ぶのは売る物の価値を予めに判断すること。そして、手数料を足す。それが我々が喰える為に。そして、出す値段にお客さんがどう反応するのを見計らって、相手もこれでも充分儲けるのかを気配りしないとまずいぞ。欧米と違わないだろう。
「堀越君、よく勉強しない。」と鬼山さんが結論を下した。
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その後の数ヵ月は辛かった。勿論、新入社員全員が辛酸をなめる時期であろう。「5月病」という現象が証拠となる。でも、日本語が母国語でない僕は「言語障壁」で非常に困った。ワタナベ貿易の職種は電話に依存するが、電話に出てもお客さんの名前等を聞き取れない場合がよくあった。運良く聞き取れれば、次ぎにその顧客の品物が分からなかった。分かっても、上司甘江、熊口、岡内のうち、誰が担当か分からない。分かったら、バトンタッチで済んだが、勿論これは秘書の役割に過ぎなかった。「女性より腕がある社員に早くなってくれ。」と僕の上司の甘江からの愚痴。だから、品物を勉強した。電話が来ない時、カタログを目を通して、どれがよく注文されるのか感覚がなかった。甘江に尋ねると「こら、今忙しいぞ!教える暇がない!」とまた愚痴。製品に加えて、北海道の配送先の珍しい地名も覚える義務があった。「比布」(ぴっぷ)「浜頓別」(はまとんべつ)「弟子屈」(てしかが)、「士別」と「中標津」(しべつ、なかしべつ)「紋別」と「門別」(オホーツク海のもんべつと日高のもんべつ)の読み方、書き方、電話で漢字の教え方は全部挑戦だった。誰にでも難しいが、異言語のせいで僕の学ぶスピードが確かに遅かった。
「弱音を吐くな。日本人と全く同じ待遇を欲しかったでしょう。日本語が分からないことはあんたのせい。もっとしっかり勉強しろ。」と上司が言う。それも確かだろうか。
それに加えて覚えるのは買い手のお客さんの顔。一応、販売先の表が僕の机の上にあったが、電話での接触が足りない。だから、朝一番のと午後4時次の「電話の津波」の間、会社を出て顧客訪問した。1日名刺5枚および10枚もらって、裏に顔の特徴や人の趣味を覚えた程度書いた。名刺帳がすぐ一杯になった。電話が来ないうちにも名刺を見て勉強したが、顔の写真がないと独り相撲だった。結局、数ヵ月のう、2ー3回再開しても、覚えなかった時もありすぎた。それが一番最初の角が立つ原因となった。
ある日、多分入社後3ヵ月目頃、熊口がワタナベ貿易に来社した顧客と話し合いがあった。そして、終わってドアまで見送ったところで、ちょっと近くのクリスの記憶力を試そうとした。お客さんの前に指を指しながらこう言った:
「クリス、この人のお名前を覚えているかい?」
勉強しているカタログから目を反らした僕は彼の顔をジーと見て、脳の思い出し機能が作業するまで待っていた。
「クリス、覚えていないのか。」
やはり無理だった。「すみません、ちょっと思い出せないんですが。申し訳ありません。」と僕は言った。
お客さんが笑って、「やっぱり外人にとって我々日本人は全部同じ顔に見えないかい?」と言って、別れの挨拶を言って帰った。
その後、熊口は向かいの机に座って不満な顔をした。「おまえ、俺に恥じをかかせた。そのお客さんはもう3、4回位会ったのにまだ名前を覚えてないのか。お客さんの前でも。」
「熊口さん、すみませんーー」
「俺がおまえの課長だから、『課長』と呼びかけてくれ。」
「はい。すみません、熊口課長、だがもうお客さんはあと99人位覚えなければならないからちょっとーー」
これで熊口課長がカッと来た。「言い訳言うな!『スミマセン、もっとしっかりします。』と言いなさい。」
「スミマセン、もっとしっかりします。」
「その方がいいよ。」
「でも、熊口課長、どうやって人の顔を覚えればいいですか。」
「ハア?これが真面目な質問か?」
「ええ、そうです。」
「馬鹿な質問を聞くな、おまえ。」と熊口課長が言い渡して、電話に出た。
それがワタナベ貿易の最初3ヵ月の雰囲気だった。入社してからすぐ、札幌の気候と同じく、夏が冷たくなってきて、秋が迫ってきた。知らなかったが、今年の真冬が正に嵐だらけで厳寒になろうとは。
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僕みたいな他国民が日本に暮らそうとしたら、これはよく言われるアドバイス:「おだやかに振る舞えなさい。皆さんと仲良くして、角が立たない様な言い方、態度、行動等を慎重にやんなさい。」ワタナベ貿易に入ったあと、思いっきりこのアドバイスを胆に銘じて頑張った。しかしながら、最初の角が立った所はすぐ起きた。そして、その後の波紋がどれぐらい広がって悪影響するのか、その時はまだ分からなかった。
土曜も出勤日なので、2週間ごとに出社した。上司は1ヵ月一回だが、新入社員は例外だ。この土曜は運悪く、熊口課長の当の番だった。相変わらず、電話はなかなか来ない。だから、油を売る為に熊口課長はすきもの話しをする。話題はススキノでの体験。一番最近のホステス征服、結婚してから何人目位か。クリスも紹介してやるか。熊口さんは自分の冒険を語ることは絶対飽きないタイプなので、機嫌をとる為に相槌を打ったり浅い質問をしたが、昼になると次のイベントについて用心した。それは、社長のお宅に訪問し、皆で飯とカクテルを飲食する。だから、また鬼山社長を怒らせない為にどうすればいいかと考えた。
「質問があれば、熊口君に聞いてくれ。」と社長が言ったので、試してみよう。もう正午が近かった。
「熊口さん、きょう、社長のお宅におじゃまするんですね。」
「何?何を言っている、おまえ。」
逐語的に繰り返した。熊口さんは理解出来なかった。
もっと単純に言い直した。「熊口さん、これから、どうすんの?」
「もう忘れちゃったか。社長の家に行くんだぞ。本当に覚えが悪い、おまえ。何回言わないとならないのか。」
また嫌がらせが始まった!と思いながら、聞きたかった質問を負けずに言い出した:「社長のお宅に行く為に、どんな格好でいいですか。」
「何?言っている意味が分からない、おまえ。」
「もう『おまえ』と呼ばないでください!どんな格好、どんな洋服がいいですか。」
「普通の格好でいいよ。」
「普通と言えば、スニーカーでもいいという訳ですか。」なぜ聞いているというと、今までスニーカーで出社した。僕の足は30センチだから、その頃の日本では、まだ30cmの革靴は買えないサイズだった。だから、安くない革靴を長持ちさせる為、出勤時やよく歩く時、もしくはオフタイムなら、スニーカーを履いて行った。会社に入ると着替えてスニーカーをロッカーに入れる。
ただ、今日は直接帰らない。スニーカーのない週末はちょっと不便なので、今日のパーテイは気軽の雰囲気であるかどうか確かめたかったのだ。どうせ靴は玄関までだけ。
熊口さんはこう答えた:「普通の格好でいいよって。」
「だから、スニーカーでもいいですか。」
「普通の格好でいいよってば!何回いわないとならないか。」
「じゃ、これからスニーカーを履きます。いいですよね。」
熊口はカッとした。「いや、違うぞ!日本での普通の格好でいいぞ。スニーカーなんていいかよ!」
僕は英語で言った:「熊口さん、これぐらい曖昧に言わないで下さい。僕は母国者じゃないんですので、もしそんな風に言ったら誤解を生じます。」
「おまえ、日本での普通の格好は当然な事だろう。馬鹿か。アメリカでボスの家にスニーカーで行くかよ。」
「行くかもしれません。ボスによります。だから、予め聞いています。」
「馬鹿な事を聞くな!そして、『おまえ』の呼びかけだが、俺の好きな様に呼んでやるぞ。俺はおまえの上司なんだぞ。文句を言うな。態度が悪いぞ。」
もう!なぜこんな軽蔑をする?また英語で言った:「あのね、熊口さん、『質問があれば遠慮なく聞いて』とあなたと鬼山さんとも言ったですね。でも、今聞いたら僕をバカにしているでしょう。なぜそういうことをする気?」英語ではもっとインフォーマルに聞こえたかもしれない。
「ニッポンゴでしゃべりたまえ!質問を聞いてもいいと云うのはバカな質問でいいわけねえぞ!」
英語で返事した:「How would I know if--?」
「ニッポンゴでしゃべれ!」
「どうやって質問がバカだと自分で決めるんですか。」
「当り前だぞ。馬鹿な質問は馬鹿な質問だ。分かったか。」
また英語で:「なぜこういうことをしているんですか。」
「何?」
「あなたは僕のアドバイザーと友達になるはずです。これで聞く耳を持ってくれないに違いない。多分質問を聞かない方がいいと思わせている。」
「どれぐらい俺に侮辱を与えているのか分かるか。」
僕はもう目を反らして聞かない様にした。英会話学校での人柄とサンデイエゴで面接の時とは正反対な態度に変わった。彼のなすがままになったら平気で僕を裏切る訳?それなら彼から離れよう!と決めた。
その後鬼山さんのお宅に訪れた。甘江さんはスニーカーを履いていた。
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2日後の月曜、僕は出社して朝の「電話どしゃぶり」に加わった。熊口が入ると僕は「おはようございます」と言った。熊口は返事しなかった。9時半鬼山さんも入って衣紋掛けを上着の底に刺して掛けたが、僕のおはようございますにも返事しなかった。10分後、社長はサッと立ち上がって、面談室に入って「堀越君!」と叫んだ。
入ると一番気になったことは鬼山さんの真っ赤な顔。厳寒の外から入ったばかりかお酒を3本ぐらい飲んだ様に。彼の向いの席に坐らせられた。
「おまえさんは熊口君と喧嘩したらしい。何について?」
「何もなかったです、鬼山さん。」
「俺はおまえさんの社長。『社長』と呼んでくれ。ウヤマワナクチャ。 」
「すみません、分かりません。」
鬼山社長はもっと怒った顔をした。「分からないか。何が分からない?」
「その最後の言葉。 ウワヤマ...」
「ウヤマウ。"Respect". You must respect me. そんな簡単な言葉が知らないのか。」
「はい、すみません、社長。」
「土曜、熊口君と喧嘩しただろう。そうだろう?」
「誰が言ったんですか。」
「『誰が言った』はおまえの心配じゃねえ。俺を怒らせる気?」
「熊口さんが何か言いましたか。」
「黙れ!おまえの関心じゃない!」
「訴えられたら、関心があります。アメリカでは、僕の訴える人を知らせてもらうことが権利です。」
「アゲアシヲトルナ!これは裁判じゃない。これはアメリカじゃない。」
「すみません、最初の部分が分かりませんでした。」
「黙れ!分からなくてもいい。返事せ。喧嘩あったか。」
「はい、喧嘩がありましたが、でも僕たちの問題だと思います。」
「黙れ!ヨケイな事言うな!こんなひどい新入社員を見た事ない。この事がナントカカントカクトバリスギククドシいんだぞ。」
「すみません、分かりません。」
「黙り給え!俺が聞くまで黙れ!」
「はい。」
社長は頭を纏めるまでポーズした。そして、続けた:「熊口君によると、喧嘩があった。」
「熊口さんが言ったんですか。」
「黙れ!熊口君は『クリスが喧嘩をウッタ』って、靴について。そう?」
あまり理解出来なかったが、もう何も言わない方がいいと決めた。
社長は無言が認定だと解釈した。「即ち、おまえが喧嘩を起こした。スニーカーについて。今日もスニーカーで通った?」
「はい、地下鉄に乗った時に履いてきました。」
「なぜ?アメリカでスニーカーを履いて出勤する?」
「ええ、ある所ではしますよ。珍しくはないんですよ。」
「嘘を言うな。それは有り得ない事だろう。」
「嘘じゃないんですよ。日本でも有り得ますよ。地下鉄でも履く社員も見えます。」社長はいつもタクシーで通っているので、このことは分からないと思った。
「アゲアシヲトルナ!他の会社の社員はどうでもいいや。俺の会社と関係がねえ。これからスニーカーで通うな。」
「恐れいりますが、どうしてですか。」
「理由はどうでもいいや。それは決まりだ。」
「本当に知りたいんです。」
「どんな社員がスニーカーで通うのか。アイシャセイシンのない為にならない社員だ。良い根性を持たないと良い社員にならん。直さなくちゃ。おまえはこれを知っているはすだ。やっぱり、おまえはまだ大人じゃない。ゼロから教えなくちゃ。」
「すみませんが、なぜスニーカーのままで通う理由を言ってもいいですか。」
「おまえのいわゆる『理由』はこの問題と関係ねえ。俺の会社の出勤時間は朝、ドアを出るから夜に玄関まで帰るまで。その期間スニーカーを履く事は違法。決まりだ。分かった。」
「分かりました。」
「さて、熊口君に謝れ。」
何?
「謝りに行き給え。見ているぞ。」
「すません、なんで謝るんですか。」
鬼山社長の顔は益々真っ赤になった。「こら!自分で分からないのか。」
「社長、英語で話してもいいですか。」
"Yes, go ahead."
僕は英語で行った:「熊口課長は僕に喧嘩を売ったんですよ。僕が簡単な質問を聞いたのに、バカにしたし、わざと曖昧に答えました。そして本当のことを言わず告げ口をしました。彼の役割は僕を手伝うことだと思っていたけどーー」
また社長は爆発した。「黙れ!何?熊口君に俺に報告をさせるなと言っているのか。何を考えている、おまえ?」
「我々の喧嘩は課長止りで、我々の仲で解決するべきだと思います。」
「黙れ!俺の会社では内緒はないぞ、おまえ!起きた事は必ず俺の耳に入るぞ。それはここに勤める条件だ。おまえに関して何かあれば、熊口君か甘江君から必ず報告してもらう。おまえの変な所を全部見て直さないといけない。そうしないと俺の会社にふさわしい社員にならない。熊口君はおまえについて関心があるから、おまえの改善の為に俺に言っているよ。このゼンイさにたいして感謝気持ちもないのか。彼に謝らなければならない。」
社長は息を切らした。一瞬ポーズして、頭に保管したトピックスを探している顔をした。見つけた:
「でな、この『曖昧な返事』なんだが、何を考えているのか。」
「熊口さんが誤解を生じない様に答えてほしいんです。」
「熊口君!」と社長が叫び、向こうから「はい!」と返事。熊口は不思議な顔をして入ってきた。社長は自分の隣に坐らせて、僕の向こうで2対1になった。社長は今まで起きた議論を適当に説明し、熊口が微笑んで、手を組んでジーと僕を睨んだ。
社長:「どうする、こんな態度?教わる者は教える者の教え方が気に入らない。生意気だな。」
熊口:「そりゃ残念だ。」
社長は甘江課長を呼び出した。甘江も軍人みたいに「はい!」と吠えてすぐよたよたと行進した。社長の隣に坐らせて3対1になった。また状況をおおざっぱに説明してもらって、甘江と熊口が僕をジーと見た。見方はまるで僕が宿題に出された難しい解けなければならない計算の問題だ。
社長:「堀越君、こんな態度が悪い新入社員は見た事がない。どうすればいいと思っているか。」
もう、社長の質問は多分修辞に過ぎないと思ってきたので、何も答えなかった。
僕の返事を待たず、社長は同じ質問を甘江にした。甘江は分かりませんと言い、僕の悪い態度を謝った。「堀越君に何を教えているんだ。」と社長。甘江は無言。
結局社長は落ち着いた。判決を下した。「堀越君、おまえさんの意見はもしかして『熊口君が充分僕にはっきり教えなかった』との事だ。そして、おまえの『権利』を主張したい。あのな、ここではいわゆる『権利』がねえぞ。教え方は先生の勝手だぞ。教わる者は教え方について言う権利がない。態度を直せ。
「こら、堀越君、見れや。もう皆仕事が出来ない。おまえのせいで熊口君と甘江君が電話に出られない。皆に仕事をサシツカエさせるのは決して良い社員ではない。おまえが100%悪い。分かった?」
僕:「分かりました。本当に申し訳ありません。」
社長:「それは良い態度だ。今、熊口課長に謝りなさい。」
何?ソイツに謝罪する?裏切られたのに?
その気持ちは顔に出たらしい。社長はまた「顔紅」が出るところだ。「堀越君、自分の誠意は嘘だったと云う訳か?」
「いえ。」自分のプライドをオフにして、「熊口課長、生意気な態度を見せてすみません。二度としないようにします。」
熊口:「社長、胡散臭いと思わない?彼はおかしい目をしていると思わない?真面目じゃないんじゃない?」
社長はまた怒り出している。「堀越君、やはり嘘を付いているか。充分ハンセイスルキがないだろう?」
僕は顔を見せない様に深くお辞儀した。「いえ、違います。熊口課長、すみません。僕は悪かったです。二度としません。信じて下さい。」
「よし!もういい。」と社長が立ち上がって面談室を出た。甘江と熊口も追い付いて電話に戻った。僕も数分後机に戻ったが、その後ずっと向かいの裏切者熊口の顔を見ることが出来なかった。
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その夜、家に帰って、女房堀越文子(ふみこ)と「本日出来事相談会」を開いた。もう殆ど毎日ワタナベ貿易で疑問に思っていることが起きる為、正直に出来事を彼女に語る。同じ問題が二度起きない様にする為、長期間日本の会社に勤めたフミからアドバイスが欲しかった。
今回の「熊口裏切り事件」を全部説明した。彼女は旦那の立場を理解して応援してくれると思っていたが、そうならなかった。
「クリス、なぜ熊口さんがそんなことをあんたに言ったと思う?」
「分からん。構わん。とにかく俺を裏切った。」
「だってね、やはり何かして熊口さんを怒らせたんじゃない?」
呆れた。「何?フミ、なぜ俺になすり付けているか。」
「いや、私は居なかったから何も言えないけど。でも、今まで言ったことが本当だったら、はっきりあんたが悪かったと言える。」
尚更呆れた。「ハア?彼の方が喧嘩を売ったしょ。俺には罪何がある?」
「あのね、あんたね、言い過ぎたよ。熊口さんは上司でしょう?だって、『おまえ』について文句言ったしょ。それは男同士なら普通なんだよ。そして、『曖昧な言い方は怒ることが出来ないよ。もしかして、あんたが日本語を理解出来なかった。それはクリスのせいだよ。もっと日本語をうまくしないとダメだよ。そして、二度と質問を聞かないと云う様なことも言ったしょ。それは失礼だわ。言われたら私も怒るよ。
「そして、怒っている顔も見せたしょ。いけないよすぐ顔にでるんだもん。それに、社長にも言い過ぎたよ。日本人は絶対クリスが言ったことをあえて言わない。日本の商界は非常に厳しいよ。そんな変なことをすれば、誰も相手にしてくれないよ。あんたの方が悪かったと思うよ。」
もうムカッときた。「ちょっと待ってよ!俺が意地悪された方なのに反応すると俺が悪い訳?」
「ええ、クリスはいちいち反応するから悪いよ。本当の意地悪だとは言えない。なぜ熊口さんが意地悪したいと思う?」
「なぜ熊口さんは意地悪したくないと思う?だって、彼がこう言った、こうした、と語っても信じないのか?俺が嘘付け?」
「クリス、今私にも言い過ぎた。落ち着いて。」
「あのな、俺はあんたに何でも言える権利があるぞ。フミが俺の妻だろう。あんたにも建て前を言ってもらいたい訳?」
「ええ、勿論。とにかく、『嘘』か『真実』か関係ないと思う。端的にクリスは日本語が理解していない問題かもしれない。また言うけど、居なかったから分からないけど、クリスが誤解したかもしれないよ。だから、熊口さんの立場から見ればーー」
「『熊口さんの立場から見れば』って何だよ!旦那さんの立場は?そりゃどうでもいい訳か。」
「あのね、聞いて。アドバイスがほしいしょ?会社に生き残る為にいいアドバイスを上げないとダメ。しないと成長出来ないよ。結局将来はもっと難しくなるよ。だから、聞いて。」
僕は無口になった。
「熊口さんの気持ちを見てみよう。意地悪する理由は前にはなかったしょ。だって、入社させてもらう為に頑張ったしょ。私達がサンデイエゴに居た時、ワタナベ貿易からの最初の基本給は14万だった。熊口さんのお陰で19万に上がった。我々の引っ越し代も払う様にしてくれたし、今までは相談相手として良かったしょ。あんたの味方だったよ。急に変わったのはクリスにも原因もあるかも。
「それともさあ、愛の鞭?クリスを甘やかすと充分タフな社員にならないと思っているかもしれないよ。あんたの為かも。」
「何?意地悪が僕の為なのか。」首を傾げた。
「ええ、有り得ないと言えないよ。多分クリスはハンセイした方がいいよ。」
またその言葉だ。「フミ、ハンセイって何?」
「反省。自分の行動を振り返ってみて、自分のどこが悪いか考えること。きっとあると思うよ。完璧な人間はいないよね。日本の会社にはもっと溶け込めるよ。」
「いや、そうやって片付けない。ワタナベ貿易はわざと厳しくして、難しくしていると思う。なぜ?僕を辞めさせる気があると思う。」
「まさかないと思うよ。だって、クリスを雇ったばっかりでしょう?いや、多分溶け込み方の問題だと思うよ。」
「全く不公平だ。」
「クリス、まだ分からないの?これはアメリカじゃないよ。これは日本だから、『フェア』は日本の会社では関係がないよ。クリスはニューフェースでしょう?日本の会社ではニューフェースは立場がないよ。かえって、ニューフェースの余計な特徴を無くするまで、会社の上司が好きな様に訓練しないと会社のやり方を学べないよ。日本のサラリーマン、誰でもこの試練を乗り越えないといけないの。だから、意地悪と言うより、これは端的に日本のやり方と思った方がいい。
「だから、本当に日本の会社に居たければ、静かになりなさい。上司は白が黒だと言ったら、言い返しせずに賛成しなさい。謝りなさいと言ったら謝って。とりわけプライドを捨てて。私の父は入社してからそうだったよ。昔風の会社では特にそうだよ。」
何これ?あくまでも上司のなすがままなのか。日本の会社はこれ位情けがない制度だと前に分かったら、やっぱり入社しない。巧妙な罠に填められた!
「クリス、聞いて!明日出社したら、明るい性格を見せなさい。何もなかった振りをして。それが一番いい方法だよ。
「あ、それにね、スニーカーを履かないでね。」
ため息を吐いた。
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2週間後、鬼山社長はまた僕を面談室まで呼んだ。「堀越君」と言って、ペシャッと電気のスイッチを平打ちしながら先に入った。僕も入って彼の向いに座って社長からの今回のお説教がこう始まった:
「堀越君、これからおまえさんにケッサイジョウケンを教える。いい?」
僕はうなずいた。もう本日の電話が沢山来て頭が一杯だが、社長が教えようとすれば断われないだろう。「宜しくお願い致します。」と席に座ったままでお辞儀した。 鬼山さんは青鉛筆と赤鉛筆を持ち、B5用紙2ー3枚を出した。「あのね、堀越、大抵社長は部下に直接教育しない。それは係長の責任だ。だが、甘江君が忙しくて、実はおまえさんに教えることは彼の仕事じゃない。俺はそんなに忙しくないから教えている。恩恵だから。忘れるな。」
「分かりました。宜しくお願いします。頑張ります。」
「よし!じゃあ、よく聞きなさい。」今のところで社長は正式の様な書類をテーブルの上に敷いた。「これはテガタ、これはセイキュウショ、そしてこれはレシート。
「分からないことがあれば聞きなさい。これから覚えて欲しい。どうぞ。」
「すみません、『テガタ』と『セイキュウショウ』は分かりません。」
社長は英語で言った。「英語では、『Promissory Note』と『Claim Notice』と呼ばれる。それなら分かる?」
「すみません、まだ分かりません。」
社長は驚いた顔をした。席にふんぞり返って、「何?英語だぞ!英語分からんか。なぜ?」
「1つづつの単語が理解出来ますけど、一緒にすればちょっと分かりません。」
「堀越君、大学では何を勉強したのか。」
「すみません、日本でこの書類の役割は分かりません。」
「アメリカと同じ役割だぞ。」
「すみません、アメリカでの役割も分かりません。教えて下さい。」
社長は呆れた。「堀越、本当にゼロからスタートしているよな。」
「はい。」
社長はこれから別紙に金融のルートをスケッチした。ワタナベ貿易は販売サキのハッチュウを承る。ワタナベ貿易がダイリテンとしてメーカーとトンヤさんの間に入って、アッセンしてテスウリョウをもらって喰う。毎月20日ボキシメの為、セイキュウショを 販売サキまで送る。そして、ケッサイする為にお客さんの都合に合わせてシュウキンをする。ケッサイは現金かソウサイで...
もう分からない単語に圧倒されて、社長をここで中断した。「すみません、シュウキンやソウサイは分かりません。」
「堀越、シュウキンは『マネー コレッション』で『ソウサイ』は『ダブル オフセット』と云うんだぞ。まだ分からないか?」
「恐れいりますが、漢字を書いてください。」これは元の意味を把握する為に。
乱筆で「集金」(お金がつどう)と「相殺」(お互いにころす)と書かれても僕には意味合いが尚更分からなかった。
社長は続いた。鉛筆で空にスケッチで線を引いたり○を書いたりした。「ソウサイの場合、カイテと我が社のお互いのコウニュウザンダカでソウサイするし、マネーが要らない。ここまで分かった?」
僕は無言だった。
「でね、一番不安定なカイテ、即ちシホンキンが少ないか営業歴史が短いカイテ、から現金をもらう。長く付き合った大事な顧客はテガタをもらう。『テガタ』って『Promissory Note』だよね。それから、そのテガタに金額、例えば¥100、と裏に書いてある。そして¥100を支払う顧客にこれでケッサイする。マネーを使わない。四か月が立ってから満期となって現金となる。と云う事でお客さんには四か月のローンを上げる訳だ。だから、相手の儲けについて関心もしなければいかん。ツブレタラ我々もお金もらわない訳。テガタがペケだ。我が社の金庫にマネーが入らない。今まで分かった?」
分からなかったが、また社長から「英語が分からないのか」のチャかしを聞きたくなかった。取り敢えず、この説明で生かそうと思って、後での復習えで分かるかもしらない。社長の時間を無駄遣いにしたくなかった。
「まあ、分かったかもしれないですけど。また後で...]
「よっし!」と社長がスケッチを手で丸めてナゲた。「これから商売のやり方が分かる。頼むぞ。席に戻っていいぞ。」
頭はもう麻痺している様だった。でも、一回目の説明で大体分かったら、なんとかなると仮定した。「まだ3ヵ月が立っていないのにまさか全部把握期待はないしょ。」と思った。
それは僕の大間違いだった。
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じりじりのその最初の3ヵ月が過ぎた。年末が迫って、平成3年が萎れて死んだ。毎日、朝一の電話どしゃぶり、出先での紹介とその後の名刺処理、机で勉強、夜の電話どしゃぶり、最後にススキノでの接待、はリズムになって全面的に疲れてきた。なぜ日本のサラリーマンが列車で眠るのか、なぜ仕事以外興味を持てないのか、なぜ帰らないでこんなに飲むのか、なぜ年齢がすぐ顔を見て分かるのか、やっと分かった。日本人がどれぐらい過労するのが僕も経験した。もう年末年始の休暇期間は団地でゴロゴロばかり。里帰りをするお金がないし、まして旅行するエネルギーさえなかった。いつの間にか休みが終わった。
年明けの出勤日、平成4年1月6日、鬼山さんはまた僕を面談室まで呼んだ。
「堀越君、明けまして御目出度う。年明けだから、堀越君の訓練をハナからきちんと始めないといけない。これからルールを言う。
「先ず、仮に俺の言うことが分からなかったら、これを言ってみろ:『社長、済みませんが、言っている意味が分かりません』。尻に『けど』を付けるな。インフォーマルしすぎるから。じゃ、その文章を繰り返してみろ。」
「社長、すみませんが、言っている意味が分かりません。」
「よっし!それでいいだろう。分からなければ分かっているフリをするなよ。時々堀越君は質問を聞かないで済むと思っているんじゃない?そりゃいかん。仮に俺は説明をしても、おまえさんが途中で来た言葉を理解出来なかったのに聞かないでいこうとすれば、俺の説明全体が分からんだろう。もう一度説明を繰り返さないといけないだろう?そりゃ会社の時間の無駄遣い。分からなければ聞きなさい。分かった。」
「分かりました。」
「よし。そして、第二のルール:たとえ理解が出来ても、その事について知りたいことがあれば聞きなさい。聞かないとおまえさんが成長しない。いつでもどうぞ。」
じゃあ、試してみよう。「社長、質問してもいいですか。」
「なんだろう。言って見ろ。」
「質問ならなんでもいいですか。」
「言っている意味が分からない。」
「僕はバカな質問を聞いて、鬼山社長を怒らせるのを恐れています。」
「怒らせる?俺を怒らせるのを心配すんのか。それは心配要らんぞ。息子がお父さんを怒らせるのは当り前だろう。若いニューフェースは時々馬鹿な事を起こして、社長を怒るのは自然だぞ。考え過ぎだ、おまえ。」
そうか?「社長、すみませんが、又質問してもいいですか。」
「言って見ろ。」
「『バカな質問』って具体的に日本では何ですか。」
「ハア?なぜ聞くか。」
「熊口課長によりますと、『バカな質問』を聞いちゃいけないことです。」
「熊口君の日本語を誤解したと思うぞ。堀越君の日本語はまだ完璧じゃないから。ともあれ、堀越君、最近熊口君とうまく行ってはいない気がする。そりゃおまえさんの損だよ。彼がおまえさんのベスト フレンドだ。無条件な味方だ。彼と仲良くしないと駄目だぞ。大事にされていると感じさせれ。個人的な問題か、質問を沢山聞きなさい。勿論、彼は手の空いている時。きちんとミハカラッテ。親子の様に感じると思うぞ。
「本当に日本語が難しいだろう、堀越君。」
「はい。」
鬼山社長は続いた。「さて、第三ルールを言う。いつでももっと頑張らないと駄目だ。今まで、おまえさんの努力が足りない。もし、おまえが外人だとか、来日三ヵ月目だと云う事を、考慮しても進展が見えない。遅過ぎるんだ。たった今、外に出て顧客に販売する能力が充分あると思う?俺はそう思わない。誰も信じないよ。製品も知らないし、日本語が分からないし、お客さんの名前さえ知らないしょ。ワタナベ貿易のギョウムメイレイなんだが、出来るだけ早く一人前の営業マンにならないといけないぞ。
「だから、毎日刺激しないとやはり進歩しない。ちょっと聞くけど、テガタ制度を説明出来るか。」
もし「出来ない」と返事したら、社長が怒ると思った。「もしかして知っているかもしれない。」
「よし!それならどうぞ見せなさい。販売する日から現金になるまで手順を見せれ。紙と鉛筆で今どうぞ。」
ゴックンとした。鉛筆を取ってやって見るしかない。「物を売ります。その月の20日簿記〆の後に納品書と請求書を送ります。そしてお金を集める。日本語で正式の言葉は覚えていません。それは決まっている日にその時にテガタをもらいます。そのテガタは4月後にキャシュになります。」鉛筆をテーブルの上に置いた。
社長の顔が益々赤くなった。「堀越君、あんまり良くはないぞ。『お金を集める』と言ったんだろう?それは間違いだ。マネーにならん。『ケッサイ』となる。ケッサイと云う言葉忘れたしょ?それに『シュウキン』も。で、テガタはシイレサキのケッサイにも使えると言ったんだろう。違う日に満期となる。そりゃ全部忘れちゃったぞ。イカン。」
ここで社長は探した証拠をやっと見つけた様な顔をした。席にふんぞり返って、「ほら、堀越、充分頑張ってはいない。毎日、俺の会社で何をやっているか。」
「電話に出たり、お客さんと接待したり、製品の名前を学んだり、日本語を勉強したりすることです。社長、すみませんが、本物のテガタを見たことありませんし、使ったこともありません。実際な経験ありません。」
社長は真赤な顔になった。「揚げ足を取るな!テガタの使い方が分からないでいい社員になる訳がないぞ!おまえ、怠けているんだ!」
「違います。ただ、学ぶことが一杯すぎてすぐ習えないことなんです。」
社長がサッ立ち上がった。関節炎で腫れている手で指を指した。「自己弁護するな!堀越!俺が『おまえ、怠けている』と言ったら、『御免なさい』と言いなさい!言い訳を言うな!」
はい、はい。「ごめんなさい。」それから、社長が落ち着くまで僕は無言で待った。
「堀越君、勉強していると言ったんだろう。その姿を見た事がないぞ。」
「はい、見たことがないと思います。『会社では日本語を勉強するのは禁す』。」
「誰がそれを言った?」
「社長が。」
「俺が?」ポーズ「ええ、俺が言ったんだ。勿論事務所では日本語を勉強するのはいけないぞ。日本語は仕事じゃない。自由時間にせ。当り前だぞ。」
「はい。だから、僕の勉強する姿が見えないのは当り前だと思います。」
「俺に向かってそんな言い方をやめろ!自由時間にはいつ勉強しているか。」
「出勤と帰る時、地下鉄でします。毎朝、道新と日経も読んでいるんです。テレビも見ているし、ビデオを見れば字幕を読みます。毎日辞典を引いて調べているんです。」
社長が一瞬ポースして、言いたいポイントが妨害された顔をした。
「堀越君、それでも努力が足りない。日本語がまだひどい。」
「それでしたら、どうずればいいですか。」
「英語をまだ読んでいるか。」
「はい。毎週英字のエコノミストを読んでいます。購読あります。」
「なぜそれを読む?」
「インターナショナル ビジネスの状況を頭に入れたいんです。」
「堀越、英語を読む事を一切やめ給え。日経を読め。ワタナベ貿易のを。勿論、昼休みか家で。そして、英語のビデオを禁止する。分かった?」
僕のプライベート タイムは僕の勝手だろう?ビデオを見たければ禁ずる権利がないしょ!そして、自費で払ったエコノミストの購読をペケにせっていうなんてFuck You!とつぶやいた。でも、僕の仮面で面従服背した。
「堀越、会社訪問すれば、何をする?」
「たいてい、僕は静かです。甘江さんと一緒なら、彼が話します。僕はプロを見習えしています。」
「話す際、商談する?」
「いえ、たいていしません。何を言えばいいのか分かりません。」
「だからよ!それ!それが足りない。独りで訪問して顧客の信用を得ないと駄目だ!俺はもう、おまえさんの年でよ。もう他の会社の社長と独りで話し合って売りコミコウジョウをしたぞ。辛かったが、だから俺が社長になったぞ。」
ちょっと待てよ!「社長、僕はまだ3ヵ月だけですが。社長は3ヵ月目に独りで言ったんですか。」
「おまえ、俺はそれどころか一ヵ月目に独りで行ったぞ。おまえは待って怠けているぞ!俺の会社はこれで儲からん!」顔はもう深紅色。
「ですけどーー」
「『ですけど』なし!堀越、黙れ!馬鹿な質問で怒らせるな!」
///////////////////////////////////////
数時間後、家に帰って、もう有名な「クリス、社長のおっしゃる通りだよ。」と言われた。
「何?!何について?」
「全部。もう日本語を改善したければ英語を一切見ない、読まない、書かない様にした方がいいと思うよ。だから、ハリウッドのビデオをやめよう。そして、私ともっとテレビを見れば?」
「例えば、どんな番組?」
「例えば、NHK のモーニング ワイド、夜のニュースとか。」
「OK. でも、エコノミストもやめる訳?」
「そりゃちょっと分からないことだねえ。だって、エコノミストは当然ビジネスに関するのに。会社に為にならないと言うなんて。まあ、もう購読料を払ったから、仕方がないよね。じゃ、こっそり読みな。」
「ハア?僕は会社から内緒をする?社長を逆らう?」
「クリス、誰でも会社に内緒のことがあるよ。当然。私生活を会社の人に言ってしまうと会社側では口出ししてくる。だって、クリス、あんたね、すぐ考えることが顔に出るんだもん。周りの人に自分のことを見せすぎ。社長と話す時、余計なことを言うんだ。プライドを持っちゃいけないよ。おとなしく素直にならないといけない。そして、ケンキョさがない。」
「ケンキョさ?」言葉を調べて見るとmodestyが出た。「謙虚がないって横柄?洞吹き?プライド持ちすぎ?」
「とにかく、プライドをなくする問題だけではない。あんたはね、人の親切を素直にありがたく思わないことだ。かえって迷惑に考える。」
もうたまらなかった。「『親切』?!『親切』?!どこが!熊口の意地悪が『親切』?!訓練なしで『独りで売りなさい』との無茶な命令が『親切』?!面談室で数時間も叫びお説教が『親切』?!ーー」
「クリス、聞いて。まず、熊口さんがイタズラしている理由が分かると思う。彼にはお世話になっているしょ?彼のお陰で入社したし、クリスの給料をアップしてもらう為に彼が交渉してくれたしょ。だから、クリスが変なことをすれば、彼の立場もなくなるよ。そして、彼が思った程クリスは日本語がよくないらしい。まして、クリスが言い返しすると彼の恥じになっていると思うよ。」
「従って...?」
「従って、この奴当たりはクリスのせいだと思うよ。社長のきついお説教も。もし今まで言ったことが本当に起こったことだったら...」
カッときた。「フミ!勿論本当にあったことを出来るだけ伝えたぞ!俺が嘘付けだと言っているか。」
「クリス、落ち着いて。嘘付きと言ってません。でも、人間はいわゆる『事故』を語る時、自ずと自分が悪くない様に描写する傾向があると思う。クリスも無意識にしているかもよ。」
「いえ、そりゃやっていません。思い出させる限りまで語っている。何を言っているんだ。」
「ええ、そうかも、だけどねえ、全部日本語だったしょ?もしかして間違いがあるかもしれない。私はその場に居なかったから何も言えないけど、有りえないと言えないしょ。」
「『有りえない』って?明日僕が雷に打たれることも『有りえない』とも言えないぞ!何が『有りえないじゃない』こと。何も言ってないよ!」
フミは首をかしげた。この英語から直訳理論を理解出来なかった。暫く待って、クリスが多少落ち着いてから又続けた。
「クリス、この長いお説教はある程度クリスのせいだと言えると思うよ。クリスは言いすぎる。社長が反応して、逆にクリスが反発する。カリカリはお互い様だけど、クリスが引き金だよ。社長を怒らせる余計な言葉がクリスの口からボロッと出るんだもの。クリス、これは大学の討論会じゃない。これは会社だよ。部下と社長の会話でしょ。社長を説得する立場じゃないよ。」
「それは分かる。でも、もし社長は僕の意見を聞いたら、どうすればいい?」
「答える前、『本当に社長は僕の意見を聞く耳を持っているのか」と充分検討して。ある日本のおじさんはこういうことについて気難しいよ。たまたま答えを期待していないのに質問をする。社長が気に入る答えがあるまで待って、取りあえず何も言わない方がいい。『ご最も』と言って角が立たない様に。それで充分。
「”イエス マン”になりなさいってか。」
フミは一瞬、理解しない顔をしたが、すぐピンと来た。「そうそう。これ位厳しい社長ならイエス マンになるしかないしょ。」
「フミ、我々はサンデイエゴに居た時、熊口が面接しに来てくれたね。その時、『ワタナベ貿易は普通より心が広い会社だ』と言わなかった?」
フミは又一瞬ポーズして振り返った。「そうだね、そう言ったけど、どんな会社でも社長が怒れば、心狭くなるよ。ワタナベ貿易と関係がない。だからこれがクリスのせいでもある。自分でトラブルを招いているよ。ワタナベ貿易は利益が少なく小さい貿易会社でしょう?クリスのトレーニング プログラムを作る予算はない。クリスの給料を払っても利益がない。こんなちっちゃい会社はお金の無駄使いは出来ないよ。だから、社長の目で見れば、全部あんたのせいと思っているんじゃない?」
「こういう風になるのは全く以外で不公平だ!なぜ我々がサンデイエゴに居た時に何も言わなかった?!」
「だって、熊口さんは違うことを言った。」
「だから、とりわけ熊口は約束を破っただ!」
「クリス!そういう風に考えないで!また明日顔に出るし角が立つよ。怒るんじゃない。ご親切をありがたく思いな。」
何、そこまで”悪に転じて悪にする”?真っ平だ!とつぶやいた。
フミ:「意地悪みたいなものを親切さだと考え直して。だって、私は高校に入って、『演劇クラブ』に入った。歴史長いクラブだったので、2年、3年生は後輩/先輩関係について非常に厳しかった。例えば、もし後輩10人の内、一人が悪いことをしたら、先輩は10人全員を非難した。もし我々後輩が他の高校の上級生と話したら、先輩が怒った。だって、自分の先輩より他の先輩の方が親しいのかっていう見方。私の高校は女子高校で80年の長い歴史があるので、ちょっとマレかもしれないけど。
「とにかく、私、後輩として、何をしたと思う?演劇クラブに参加したかったし、メンバーに好かれたかった。だから、好まれている通りに振る舞った。先輩が部室に入ると「おはようございます」と言って、靴を揃えた。先輩は探し物をしているみたいなら、「代りに私が探しましょうか。」と言ったよ。いつでも謙虚で礼儀正しかった。先輩がでる時に『御疲れ様でした』と言った。」
「要するに?」
「要するに、演劇クラブでうまく溶け込んだよ。素直だったし、好かれやすかった。そして、私は2年生になって、先輩になったよ。ワタナベ貿易は保守的だし、結構私の演劇クラブに似ているしょ。でも、あんたはまだ先輩になっていないのに、もう自分の意見を言えるとてっきり思っているしょ。まだクリスの番じゃないよ。あんまりにも早いよ。上司はまだまだ20年間年上だ。待つしかない。」
待つ?何、20年間待つ訳?来世紀迄無言?とつぶやいた。
フミ:「アメリカでは、もっと平等に考えるんだよね。年齢に関係なく、友達になれる。ボスにもファーストネームで呼びかけでもいいんでしょう。日本は違う。大体、年配、後輩、上司はあんたが気に入らなければあんたのせいだ。なぜなら、あんたの方が好かれてもらう様に振る舞っていないから。好かれてもらうことはあんたの責任だよ。」
「何?いえを探している野良猫の様に飼い主の機嫌を取らなければならない訳?」
フミは又英語を直訳した言い方が理解していない顔をしたが、又言い続けた。「とにかく、好かれてもらう為に自分の考え方をもっとコントロールしなくちゃ。すぐ顔に出るんだもん。それは日本の会社ではいけないことだよ。だから、『これは自分の為だ』と考えなさい。悪く思わないでかえって親切さだと片付けたら、いつの間にかニコニコ出来るよ。絶対反発しないで。機嫌を取って、相手の考え方を取り入れよう。
「クリス、もうあんたの性格が分かるよ。我を捨てなければこの会社では将来がないよ。」
Oh God,これは洗脳だ!と考えた。
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この新しい「ニコニコ主義」を実行したが、ある事件で出ばなを挫かれた。
引き金は電話だった。毎日来ると慣れるはずだが、どうしてもロレツが回らない日がある。特に夜遅くお接待の後、次の朝には二日酔いがあればもう集中力がなくてスラっと言葉が出ない。それは仕方がない。
それに加えて、電話する顧客の個性は両極端だ。他の業界は知らないが、建築業界ではいじくそ悪い電話するおじさんは大勢だと思う。人柄の良いお客さんは素直にお名前と会社名をゆっくりと教えてくれるが、悪い方は名前さえ教えるのを惜しみ、「外人クリスだ」と分かって無言でガチャンと切る。そして相手は掛け直すが、偶然僕が出ればまた同じく切り、邦人が出るまで再び掛け直す。ロシアンルーレットみたい。
僕はそれを我慢出来るが、ワタナベ貿易が我慢出来ない。より大事なお客さんなら、いじくそが悪いお客さんになる可能性が強い。だから、僕が出ればワタナベ貿易の損だと見られた。そして、切らなければ、或る横柄なお客さんは声だけで誰かと分かるのを期待していた。僕は「すみません、どちら様ですか。」と言ったら、「俺だよ、俺!」と言い、また電話を切る。当然折返し電話をさせる事が無理になってしまった。
「クリス、誰だった?」と甘江課長は聞いた。
「すみません、分かりませんでした。」
「何、おまえ、覚えていないか。」
僕は短い会話を頭で再生するためにポーズした。「いや、言わなかったと思います。」
「『言わなかった』って?変だぞ。名前を問わなかったか。」
「時間がありませんでした。すぐ切っちゃったんです。」
盗み聞きをしていた熊口課長はここで入ってしまった。「クリス、それは不可能だ。勿論名前を教えてくれるぞ。しないと電話が無意味だ。端的におまえが悪いんだろう?覚えていないしょ。」
「違います。言わなかったと思うんです。」
熊口はここでカッとした。「おまえ、嘘はよせ。名前を言わなかったら、おまえの方が何か失礼な事を起こしたしょ。いずれにしても、おまえのせいだ。我が社の損だ。ハンセイしなさい。」
素直に説明せよ。嘘じゃないから。「課長、時々のお客さんは外人と話していると分かって、電話切るよ。僕と話すのは面倒くさそうです。恐れ入りますが、それはなぜ名前が知らないとの理由です。」
社長もこの小さなオフィスでこの会話を盗み聞きして、赤顔でサッと攻めに迫った。「ジコベンゴするな!」と叫び、「又『自分が外人だから許して下さい』を言う気?これで片付けるな!『日本人と同じ様に待遇して』とおまえが言ったしょ。甘やかすと進展しないぞ。おまえが顧客を不快に感じさせているぞ。おまえの日本語能力が足りないから。それは俺の会社の損だ。今度の電話をもっとうまくやってもらうぞ。見ている。」
電話は入ってきた。会社の皆は僕の試しを見る為に仕事を停止した。
「はい、ワタナベ貿易でございます。」
「あ、ホロコロシバババです。」
聞き取れなかった。「すみません、もう一度おっしゃっていただけませんか。」
「ホロコロシバババ」
やはり分からなかった。「すみません、分かりませんでしたーー」
鬼山社長はもう起こっている顔と指で「早く甘江に代わって」と指示している。「少々お待ち下さい」と言い、保留ボタンを押し、甘江課長に取ってもらった。
社長:「やっぱり、分からなかったしょ。」
「すみません。分かりませんでした。」
「なぜ?」
「分かりません。もしかして聞いた事がない会社からお電話でした。」
「『もしかして聞いた事がない会社からお電話でした』?」と社長が雄武返しした。「入社してからもう何ヵ月になった?もう我顧客を知っているはすだぞ。充分努力していないに違いない。今までこんなひどい記憶力を見た事がないぞ。」
「すみません。我が社のお客さんの名前の全ては分かりません。リストがありません。」
「おまえ、出鱈目を言うな。机の上に表があるだろう!」
あるのはあるが、100ヶ社以上が書いてあった。でも、多分もう充分言ったと思ってきて、返事を今回控えた。社長はもう充分顔が赤い。
「ジコベンゴするな、おまえ!」と社長が又叫んだ。
「すみません、社長、それはどう言う意味ですか。」
ここで社長は不思議な顔をしてポーズした。「ジコベンゴ?意味が分からないのか。熊口君、彼がジコベンゴを理解しない。」社長は呆れている顔をして笑い始めた。僕を指し、「信じられるか。」と熊口に聞いた。熊口は首を横に振って微笑んだ。
「意味を教えて下さい。」と僕は言った。
熊口はここで笑顔を消した。「あのな、おまえ、我々の仕事は日本語を教える事じゃない。自分で調べろう!」机の上に立てにされた並んだ本からある本を拾って、僕の机の上に投げた。和英辞典だ。
僕が辞典の頁をめくっている間、社長は、「堀越君、本当にこんな言葉が分からないのか。小学生さえ分かるぞ。」と笑いながら重ね重ね言った。
辞典が小さいせいで「自己」"self" と「弁護」"defense" は別々に乗っていた。合わせると、「自分をかばうな」との意味と解かした。
「その通りだぞ。」と甘江が言った。「我々が『おまえが悪い』と裁けば、『自分が悪い』と素直に感じなさい。言い訳を漏らすな。端的にお辞儀して、『すみません、頑張ります。』と言いなさい。それ以外余計な事をやめろう。分かったか。」
承知して今指示された通りにした。だが、又この様な紛争を避ける為にもう少し情報が必要だった。又バカな質問であるかと無視して、リスクをかけて改めて問おうとした。
「社長、質問してもいいですか。」
「言って見ろ。」
「今後電話が来て、本当に名前が分からなければ、僕はどうすればいいですか。」
「もう予め分かるはすだ。メモに書きなさい。」
「でも、ホントウに聞き取れなかったら、もしくは繰り返しをもらいたければ、どんな言い方がいいですか。」
「これを言いなさい:『恐れ入りますが、ジャッカン聴きにくいんですが、差し支えなければ、もう一度おっしゃって戴けますか。』」
ロレツが回らなかった。「分かりました。しかしながら、もし1回聞いてから分からなければ、どうすればいいですか。」
「それなら2度と聞くな。本当はもう1回聞くのは駄目なはずだ。顧客は我々に大事にされていないと感じる。我が社がニューフェースを雇った事が無い為、顧客は許さない。おまえが聞くと我が社のイメージダウンだ。顧客のお陰で我々が喰えるから、大事にしないといけないぞ。」
社長はここでポーズした、空気が全部漏れ尽くした赤い風船みたいに。そして、又クリスについての批判が頭に浮上してきて、言い始めた:
「それでな、堀越。おまえさんの声なんだが、トーンを直さなくちゃ。質問をすると、いつでもキツモンみたいだ。」
「すみません、キツモンと言うのは分かりません。」
「辞典で調べ!」と熊口はまた叫んだ。
でも、社長がここで熊口を静かにした。「いや、それなら時間が掛かり過ぎだ。堀越君、『詰問』と言うのは"interrogation" と云う意味だよ。まるで interrogating をしているので、お客さんが不快に感じる。だから、気を付けないと駄目だ。ともあれ、これから分からない単語を別紙に書いて置いて、仕事を終えてからに自分で調べるか、手が空いている誰かに意味を問う。非常に難しい時期だと思うが、甘えるのはいけないよ。辛ければ、おまえが成長出来ないぞ。だから、しっかり勉強しなさい、堀越君。分かった?」
「分かりました。」やっと誰かが僕の立場が分かっている!とホッとした。
//////////////////////////////////////
しかし、この「精神的休憩」は非常に短かった。当日の説教の1時間後、正午、昼飯時間になった。甘江課長と熊口課長は外食しに行き、岡内部長と鬼山社長は机で返事待ち。僕は大変疲れてきて、面談室に行って椅子にドスンっと腰掛けた。昼寝になるところで社長が頭をドア枠に突っ込んで、僕の様子を見て、僕の向かいの椅子に坐りに来た。
「堀越、何をやっている?」
「ちょっと休憩しています。」
「なぜ?」
「疲れているから。」
「へえ、なぜ疲れたか。おまえと同じ年、職場で一回も怠けていなかったぞ。充分エネルギーあった。何だ、一体?」
「社長、僕には日本語が難しいですよね。時々疲れます。」
「あのな、これはな、おまえしっかりしてない様だぞ。おまえ、外人だから特別扱いが欲しいと又言うのか。」
鬼山社長赤顔再発生。当然、その質問には正解が「いえ」だと分かって、そう言った。
「それなら何を考えている?ああいう姿勢を俺の会社でするなんて。腰の無い人は雇わん。背筋を伸ばせ!きちんと坐れ!」
「社長、今は昼休みです。少し休んでもいいんじゃないですか。」
「まさか!ニューフェースは休めないぞ!何を考えている?ああ、プライベートタイムが欲しい訳?新入社員はプライバシーなんてねえぞ!あっ、なるほど、又休憩はおまえの権利だと出張するか。そうだろう?何を考えている、堀越?!」
「何も考えていません。」
社長は深紅の顔になった。「背筋を伸ばせ!きちんと坐れ!」
「えー?どういう風に?」
「何でカッとしているんですか。」僕はカッとする擬態語を描写する為に、無意識のうちに軽く自分の顔の横に手を上げる真似をした。
尚更紫紅の顔になって、噴火した:「なーーーに?なぜ俺を真似する、このカッで?何、このカッ?手を下げろ!謙虚な態度を取りなさい!」
「えー?どうやってですか。」
「こうやって。」鬼山はこうやって見せた:手の平を脚の上に乗せて、指先を膝の近くにした。肘を肘掛けから離した様に。頭を下げて。「それで良い態度を見せる。」
導かれた通りにして、ずっと静かなままで待っていた。鬼山が落ち着くのを祈った。利かなかった。
「何を考えている、おまえ。言え!」
「何も考えていないんです!」
「嘘付けや!俺をからかっているんじゃない!なぜ?」
「からかっていません。ジェスチャーだけでしたよ。」
「そりゃ嘘だ!岡内君!」岡内部長は「はい」と向こうからつぶやいて、入ってきた。社長は自分の隣に坐らせた。又2対1。
「こいつは社長を茶化した。信じられる?」
「どうやって?」と岡内。鬼山はここで説明した。面談室で怠けたし、不意を打たれた時にカッとしたジェスチャーを大げさに描写した。まるで僕が鬼山を殴るところだったと見せた。
岡内は無言で聞いた。僕に「本当にそれをした?」と確認せず、鬼山の大暴れを全然静めようとしなかった。
鬼山:「彼はリラックスしたいんだって。勝手にプライバシーは権利だと思っている。新入社員はプライバシーなんてないよ、な、岡内君?」
岡内は又無言。でも反対する態度を一切しなかった。
僕:「岡内部長、昼休みでした。昼休みのポイントは休むことなんじゃないんですか。」
鬼山はいきなりサッと立ち上がって、テーブルを蹴飛ばした。岡内は一瞬びっくりした顔を見せたが、すぐ隠した。鬼山:「黙れ!アゲアシヲトルナ!岡内君には質問をするな!何をする気?俺に逆らわせる?何を考えている?ほら、それだぞ、岡内君、それ!あいつは俺の会社の和を破ろうとしている!」
僕:「違います!岡内部長に意見を聞きたいだけです!」
鬼山:「黙れ!岡内君の意見はどうでもいいや。こんな新入社員を見た事があるか、岡内君?」
岡内部長は首を振って、見た事がないのを認めた。
鬼山:「ほら、堀越君、ここでは味方なんかねえぞ。こんな態度なら誰も相手にしてやらないぞ。アゲアシヲトルなんて、お客さんにもしているのか。我が社の損だぞ、おまえ!」
僕:「すみません、その最後の部分が理解しなかった。」
鬼山:「何?アゲアシヲトル?わざと我々を馬鹿な質問で馬鹿にする事だ。これは学校の討論、堀越。疑問なしで俺のルールに従うんだぞ。世界各国の新入社員はそうするのに、なぜ自分だけが偉くて例外的だと思っている。大学では本当に何も学ばなかっただろう?」
僕は無言だった。いつ社長が燃え切るのか分からなかったが、燃料となっている僕のコメントを決して出さない方が良いと決心した。
昼休みはとっくの間に終わって、甘江課長は戻った。鬼山は彼を呼んで、3対1に坐らせた。なぜ甘江と熊口がいつも外食しているのかやっと分かった。こんな事務所で誰が休めるかよね。鬼山から逃亡しているのだろう。
鬼山はもはや甘江に今までの出来事を説明し終わった。甘江は僕を睨む目で見、「又おまえがこんな事を!」との顔。「すみません、社長、クリスに注意をオコタッタ。今後ちゃんとオシツケする。」
それでも鬼山は満足しななかった。根本的な間違えを探しているらしい。「甘江君、何が足りない?毎日彼を見ても、指導しても、訓練しても、全く改善が見えない。見える。」
「さあ」としか甘江が言わなかった。
「教えてよ!おかしい!もうお手上げ!彼の日本語さえ全くゼロだ。勉強している?」
甘江は答えを避けてみたが、鬼山が3回まで聞いたので、仕方なく答えた:
「まあ、クリスは日本語が全然間に合わない。それは彼のせいだ。勉強していないとは思わないが、もっと頑張れるだろう。確かに勉強不足だろう。」
それで僕がカッとした。甘江!何も知らないくせして!どれぐらい勉強しているのか分かっているしょ!何でこんな弱腰な奴と一緒になっているのか。お互いに庇わないからこんなキチガイな社長が大暴れが出来て皆の時間を潰すよ!どうせ僕になすりを付けるだろう!
その感情は顔に出た。鬼山が見て、「何を考えているんだ!言え!」
「あのう、勉強不足だと言われたんですが、僕は出来るだけ努力していると思います。相変わらず毎日新聞読んだりして、テレビを見たりして、マンガを読んだりして、分からない単語を辞典で引いたりーー」時間の問題だけだとのポイントを言いたかったが、もう遅かった。
鬼山の顔はバイ菌が入っていて膨らんでいるニキビ色になった。吹き出するところだった。岡内と甘江がため息が吐いた。
爆発した:「漫画?マンガ?!俺の会社でマンガを読んでいるか?!」
「いえ、昼休みに別の所で読んでいます。」
「家でも許さない。俺の社員は漫画を読まん。冗談じゃない。漫画は時間の無駄だ。会計学か金融学の本を読むんだ。なぜ漫画を読む?言え!」
「えーと、漫画には日本語の会話、そのまま出るんです。本だったら文語的に書いてあるんですので、会社では使える用語も出ます。そして、面白いし、アメリカのコミックスと違います。」
鬼山は一瞬ポーズしたが、また水膨れ色の顔が出て、紫の口から爆笑が出た。「おまえ、漫画が「日本語の勉強だと思っている?気違いか?」
しまった!又言いすぎた。彼が再び”燃料”を得た。よく昼飯も食べずにエネルギーが出るよね。彼は酷評を張り切って続けた:
「おまえ、俺はな、一回も漫画を読んだ事ねえぞ。益になるのは一切乗っとらん。ビジネス日本語は乗っとらん。おまえの考え方はキミョウだ。あっ、キミョウも分からんか。いいんだ。もう、おまえは少なくとも日本について知識はあると思っていたが、大間違いだったな。おまえ常識ねえぞ。全部ヒジョウシキだ。あっ、彼の顔を見てよ!これも分かっていない。ほら。子供さえ分かる言葉なのに!」
こう云う風に午後全体を過ごした。岡内と甘江は時々電話に出に面談室を出たが、終わってから又戻ってきて、社長からのアップデートをもらって、堂々巡り。トイレに行きたかったが、それも禁止された。結局、鬼山は自分の好きな脱線に入った。
「そう言えばな、漫画が好きな理由は『アメリカのコミックスと違う』と言ったしょ。そうだろう?どういう風に?ああ、分かった。アメリカの漫画はセックスとラタイを見せられないしょ。違法だ!そうだ!セックスを見るのが好きだ!」
何?
「そうだ!そうだ!おまえ、エロ漫画を読んでいるしょ!おまえ、イロキチだ!」
もう、地獄に行ってしまった。
「おまえ、変態だろう!ヘントウ言え!」
もういい加減に。僕:「社長、元のポイントに戻りましょうか。」
///////////////////////////////////////
「本当にそれを社長に言ったの?だから怒ったしょ!」
只今深夜12時過ぎ。家に帰って、フミに「エロ漫画お説教」を語ってしまった。
「だって、フミ、どうすればよかった?もう的外ればっかり話して、もう朝から晩までずっとお説教ばっかりだ。有意義な事を一つもないよ。取れ止めのない事について詰問されていて、続けさせれば良い訳?何が言われても黙った方が良い?」
「ええ、黙った方がよかった。そこで言い過ぎた。何時まで続けた?」
「夜の9:30まで。」
「へえー、ほぼ半日?よくそれぐらいの時間怒鳴り続けられるよね。暇な奴!」
「フミ、あなたは銀行に勤めた時、新入社員が悪い事を起こしたら、社長がそれぐらい怒鳴った?」
「まさか。私の銀行ではね、社長が怒るのはとってもマレだったよ。課長か部長が怒鳴りの役だったよ。それでもせいぜい1時間か2時間に過ぎなかったよ。半日はちょっと異常だわ。」
「そうでしょう。僕じゃないでしょう、今回。」
「だからさ、クリス、今回何悪いことをしたの?」
何?「又僕のせいにするつもり?」
「いや、私は居なかったし、誰のせいだとは言えない。だけどさ、半日?これは事務所でしょう?普通はこんな時間がないよ。クリスは又余計なことを言って社長をカリカリさせたんじゃないのかい?今みたいに『元のポイントに戻ろう』って。」
「いえ、違います!もう俺は殆ど静かだったよ。何も言っていないぞ!」
「本当かい?クリスらしくない。」
「フミ、聞いて。もし社長は質問を聞けば、僕が答えるべきだろう?」
「もちろん、そうだよ。」
「たとえ彼が気に入らない答えであっても?」
「社長に嘘を付いたのはいけないよね。」
「OK. でも、そうすれば喧嘩が数時間長引くよ。俺の言い方は問題だろうが、俺の考え方こそ彼が好きくないよ。鬼山によると、俺の頭は非常識ばっかりが入っている。良い社員になる前に全部直さないといけないよ。面談室に入らせると、質問が来る。質問に答えないと赤顔になる。でも、答えるとリスクが多いよ。正直に答えるか鬼山の機嫌を取るか、いずれにしても危ない。建て前か本音であっても、鬼山が気に入れなければ、怒鳴られる。たとえ僕が正直に言っても、鬼山はすぐ『嘘付き』か『奇妙な考えだ』と片付ける。『こんな事はアメリカで有り得るかよな』と言い、『有り得ます』と僕が言っても納得せず信じてくれない。」
「クリス、ちょっと待って。分からない。」
「OK. 事例を出す。今晩いきなり鬼山は僕の『マナー意識』を試したかった。鞄について聞いた。」
「カバン?」
「ええ。例えば、他社からの社長がワタナベ貿易に来社して、鬼山と一緒に昼飯を喰いに行く。もし僕も付いて行けば、その社長の鞄を持つべきだと鬼山は言う。礼儀正しいって。」
「ええ。」
「でもさ、『それは当り前だろう?』と言い続けた。『アメリカでも同じ場合なら同じ事をするだろう?』と又質問を聞いてしまったよ。」
「それにどう答えた?」
「その場合は非常に珍しいと言った。だって、もし社長の間の会議であれば、新入社員は参加しないでしょうって。」
「それは言っちゃまずいよ、クリス。」
「なぜ?真実なのに?」
「いくら真実でも、言い方があるよ。こんな言い方だったら、『俺様はあんた上司より知っているぞ。』と横柄に聞こえる。おじさんは誰でも怒るよ。だから、また言うけど、謙虚さを示しなさい。もっとものの言い方は:『僕のアメリカでのビジネスに対する経験は非常に浅いんですけれども、こう思います。』」
カリカリしている鬼山はそこまで言わせてくれるかよ!「とにかくフミ、鬼山は『おまえ、嘘付け!』と又絶叫して、『何?外国の社長は新入社員とあんまり会わないのか、他社の社長にも紹介しない訳?』僕は『大きい会社ではたいていそうです。』って。そして、鬼山は尚更怒ってーー」
「そうだよ!怒るさあ。断言を言いすぎているよ。ちゃんと尊敬語を使って、文章の終わりに『と思います』と柔らかく言ったりーー」
「分かった!分かった!ちゃんと聞いて!とにかく、鞄の件だが、又鬼山から質問が来た:『部下はお客さんの鞄を持たない訳?』」
「何と答えたの?」
「今回ははっきり分かる。空港のスーツケース以外、お客さんであっても自分の鞄を持つ。マナーと関係ない。”マナー”について、アメリカではこれぐらい誰も深く考えないよ、フミ!そして、大事な書類が入っていたら、お客さんは他人に鞄を預かると心配する。僕なら心配するよ。やっぱり、アメリカ人の殆どは多分自分の鞄を持つと思う。これを素直に説明したんだ。」
「そして?」
「そして、鬼山は又怒り出して、『おまえ、嘘を言うな!業界では、誰が若い社員の親切を断わる?鞄を持たせるに決まっている!不可能だ!」と言った。即ち、日本で正常なマナーはどこでも正常だと思い込んでいる。たとえ自分の国について言っているアメリカ人であっても、そいつは『嘘だ!』と言い切る。」
「まあね、あんたはアメリカで本格的に勤めたことはないし、クリスも言い切れないかも。間違っていないとは言えないしょ。」
「フミ、俺をバカにすんな。それぐらい知っているぞ!俺はアメリカ人だ。せめて向こうのマナーについて言う事あるしょ!」
「そうだけど、社長に向かって『俺は上司より知っているぞ。』と言えない。たとえよく知っても。また言うけど、黒が白だと言ったら、賛成して。」
「フミ、これは僕の母国について話している!愛国心を持てない訳?」
「クリス、あんたは教える立場じゃない。上司より知っていることは有り得えない。意見を自粛しなさい。そうしないとまた半日怒鳴れる。」
「又僕のせいだと言う気?」
「クリス、なぜ面談室で昼寝したかい?これ位厳しい社長だったら、寝ることはまさに非常識だろう。まあ、半日怒鳴れることはちょっと異常だと認めるけど、カリカリした原因はあんたの言い方と顔の表情だと思うよ。それはクリスのせいだ、はっきり言って。ビジネスマンになりたければ、静かになりなさい。相手に聞く耳がなければ、”真実”はどうでもいいよ。」
もうー!何、こんなとんでもない業界?考えやアイデアは若い人から来れれば、すぐ踏みにじる!よくこんなことをしても会社は生き残れるのね。日本よ、早く貿易障害を除いて、品物を輸入して、情けがない会社を撲滅せよ!
「クリス、いいかい?あのね、いつに帰ってきたの?9:30から真夜中まで何をしてたの?」
「9:30ごろ、鬼山は『もう充分お説教した』と決めた。その頃までに熊口も戻ってきたので、甘江と3人で飲みに行った。僕と岡内は机に戻って始末して帰るところだったけど。」
「けどなに?」
「鬼山、熊口、と甘江が出てから、もう自分の机から動かなかった。泣き出した。」
「泣いたの?かわいそう。誰かが見た?」
「ええ、岡内部長が僕を見た。」
「そして?」
「そして、晩ご飯食べに行こうと言った。魚のチップのレストランまで行って、ご馳走してくれた。美味しかった。少しビールを飲んでから岡内部長は言い始めた:
『かわいそう、クリス。相次いで怒られて、誰も助けに来ない。でも、クリスのみではない。社長はヒステリーを起こすこと多い。毎日はまれじゃない。怠慢さを防ぐ為にいつでも監督して刺激しないと駄目だ。そういう主義。まあ、小さな事務所なので、皆の行動が見えるし、言う事が聞こえる。それは仕方がない。でも、ヒステリーを気にしないで。社長の目的は、結局、おまえに社長になってもらう。
『近い将来、10、15年後、鬼山さんはもう70才台になるので、もうワタナベ貿易の社長をやる元気がなくなるだろう。そして、おまえを除き、皆はもう60才台で負担する人が少なくなる。誰が出世出来る?外から40才台の人を雇えるが、でもワタナベ貿易のやり方が分からなくて会社の雰囲気を破るだろう。だから、20才台の若いおまえが青くて、きちんと育成が出来るだろう。だからいつでも仕付けしている。
『ところが社長はセッカチな人だよ。もう数え切れない位勉強してるだろうが、社長は今すぐ学んでそとに経験を得る為に出したい。社長になる前に決済制度、金融、取り扱っている品物、仕入先と販売先、そしてふさわしい態度などを学ぶよね。我々と変わらない様な認識。だけどな、それは時間かかる。基本的に社長の気持ちを同情しているが、今のところでは儲ける手段だけを学んで欲しい。
『でも、それだけだったら社長は納得出来ん。今すぐ給料払っている分を儲けてもらいたい。甘江君と俺はそれは後でいいし、取り敢えず暫くの間電話に出るだけが充分だと思っている。だから、最近おまえをあんまり出先まで連れていないよ。』
「なるほど」とフミが言った。「それで終わった?」
「いや。『ざっくばらんで話してもいいですか。』と聞いて、いいよって。」
僕:『岡内部長、社長は早く売りに出なさいと求めているが、部長と甘江課長が会社に残りなさいと言っています。それが矛盾ですよね。皆の立場は分かるんですが、社長は比較的にあなた達にプレッシャをかけていないと思います。僕を攻めていますよね。僕は上司の命令に従っているのに怠けている様に見えます。こんな立場は非常に難しいですよ。』
岡内部長:『そうですよな。』
僕:『だから、部長、あなたさんの意見を社長に教えて下さい。出ていない理由は課長と部長の考えにあります。電話に慣れるまでずっと会社に入れましょう。いいんじゃありませんか。』
岡内部長:『いやああ、それは出来ないなあ。それを言うと社長が俺を怒る。おまえの訓練には本腰を入れてないと言うと思うよ。だから、クリス、悪いけど、おまえさんは我慢するしかないや。』
「でもな、フミ、俺はそれが我慢出来るかよ!」
フミはいきなり笑った。「本当に厳しい社長だね。管理職の部下にもそうやって攻めるよね。彼は自分が王様だと思っているんじゃない?」
「笑う事じゃないよ!毎日気違いの社長に攻められているし、腰がない反対している上司は救いにこないし、『無条件な味方』の熊口が裏切者だ。もうこの会社では我慢出来ない。」
「クリス、いくら変な社長でも、あんたのボスに変わらない。我慢するしかない。どうする?辞める?すぐ辞めた人はどんな会社でも雇ってくれないよ、日本では。まるであんたはロクでない社員ですよ。そして、再就職するにしても、どんな会社が外人を募集しているの、特に不景気の札幌で。多分またワタナベ貿易と同じく変な会社かもよ。もしかしてワタナベ貿易はそんなに変な会社じゃないかもしれない。だって、小さい会社はやっぱりお金がないから儲かる事にこだわるのが当然でしょう。どうする?日本で営業しているアメリカン会社に行きたい?札幌にはないから嫌いな東京まで行かなければならないよ。」
「どうしようもないと考えたくない。」
「あのね、クリス、いいこと考えた。もう少し忍耐強くすればどう?自分には挑戦すると考えて。日本の社会と日本語の勉強して、日本人の心と馴染んで良く理解する。気持ちを抑えて仲良くしてみれば?そして、2、3年後辛抱しても改善がなければ、辞めてもいいと思う。その方がクリスの為になると思うよ。もう学生気分をなくして成人にならないといけないよね。」
後2、3年辛抱する訳?
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次の日、大変不思議な事が起きた。朝一番に社長が出社し、こう言った:
「堀越君、昨日俺は言い過ぎたかな。その事を忘れようか。白紙にして。分かった?」
僕は御辞儀して、承知した様な言い方を用いて答えた。だが、英語式の言い方にすれば、この後ずっと僕の頭は精神的に”結び目”に巻き込んでしまった。
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運良く、鬼山社長が会社に来ない日もあった。たいてい週2回、月、水曜のススキノでの飲み会の次の日は皆がリラックスする日になった。鬼山の居ぬ間に洗濯。
真冬の為、電話はあまり来ない。でも、出先に行くのは不便だし、寒い。社長が居ないから皆はよく暇を潰した。
甘江:「クリス、夕べどうしたの?我々から別れて又その飲み屋に戻った?そのホステスはもうおまえとやる気があったと思うぞ。」
僕:「いやああ、どうでしょうね。とにかく彼女があまりにも美しかった。芸術を棒に振りたくなかった。」
甘江は高笑いをした。「ホステスと芸術?おまえ、馬鹿か。」
「あのね、甘江さん、あんたは女性を見て、頭にはSEX, SEX, SEX しか浮かばないよ。猫に小判ですよ。」
「女性って他の考えあるかよ。そう言えば、まだフミさんは妊娠してないだろう?おまえ、本当にいつでもしっかりしてない。」
「我が社には一杯力を入れて、夜にはスタミナが足りないよ。」
「良く言うよ、おまえ。じゃ、俺を変わりに種馬にするか。」
「冗談じゃないよ。甘江課長とフミならどんな見世物が生じるでしょうかね。」お互いに笑い続けた。
相変わらず熊口も参加したかった。「あのな、クリス、本当にホステスと浮気する勇気があれば、紹介してやるよ。俺はよくホステスと付き合うから有名だよ。俺の顔で色んなスキンバーで成功する。どうだい?」
機嫌を取った。「ご立派です。よく出来ますね。ご鞭撻お願いします。」それで話しの腰が折られた。甘江と僕の仲良さが挫かれたので、我々は仕事に戻った。
僕は何かを読んでいることを熊口に気付かれた。「おまえ、何を勉強している?」
「これですか。JASとJIS規格の説明書です。英文もありましたので、大変参考になっています。」
熊口:「おまえ、もっと大事な事を勉強すれば。例えば、お客さんの電話番号。」僕の机の上にあった電話番号表へ指を指した。100ヶ社位。「全部暗記すれば、為になるぞ。」
それよりつまらない勉強を想像出来ない。「全部暗記出来ますか。」
熊口:「勿論。俺はもうそうした。ほら、その表から会社名を出して聞いてこらん。見せるぞ。」
はいはいはい。「えーと、じゃあ、”ヤマト建パン”」
「456ー1122」とひらひらして即答した。
「よく出来ました、熊口課長。えらい。」僕は皮肉っていると分かるかな。
「ほら、又試してごらん。」
犬に餌をやろう。「じゃあ、サクラ家具、苫小牧支店」
「0144ー21ー2325。な?よく知っているしょ?」又熊口は俺が大嫌いなにやにや笑いをした。英語なら、”糞食らえにやり”と言う。今は本当に適当な言葉だ。
いきなり甘江が話しに割り込んだ。「クリス、本当にあいつを試したければ、もっと難しいのを選ぼう。ほら、熊口君、建材の外壁、歌志内(うたしない)支店。」
熊口の”脂っこい微笑み”が蒸発した。「えーと、0125、あー、2ー34...98」
「ブウウウウウ!」と甘江。彼は民謡のコンクールの優勝者だから、このブザーの音はその太い喉からよく振動した。「待って、岩内構造、占冠(しむかっぷ)支店。どうだ!」
その会社からの注文は数年間前だ!でも、表に有った。
熊口は渋い顔をして、眉毛で”ストレスえくぼ”が作った。又失敗した。甘江はニコニコしながら深呼吸して、「ブーブウウウウウ!」と漏らした。教会のパイプオルガンみたい。僕はくすくす笑いを抑えなかった。
「堀越君!」と熊口課長が又割り込んだ。「なぜJAS と JIS を勉強しているか!本当に理解出来るか。毎日電話番号を使うのに。」
僕:「はい、まあ、全部は分かっていません。だから勉強しています。」
熊口:「分からなければ、俺に聞くべきだ。分かった?」
「質問はありますけど。」
「じゃ、聞け。教えてやる。俺はプロだから。」
「OK、JAS と JIS 」はどう違いますか。
「JAS のグッズは農林水産省から認定を受けた。 JIS のグッズは日本工業規格の認定を受けた。」
そりゃ既にしっているぞ、バカヤロー!定義的なもんだ。「どんなグッズはそれぞれの規格になるんですか。」
「合板とコンパネはJAS。」
「セメントは?」
「それは当然 JIS だ。」
「まあ、制度はちょっと分かりにくいです。総合的な説明をいただけますか。」
「原料か未完成品はJAS だが、完成品は JIS となる。」
「熊口さん、未完成品と完成品はどう違いますか。」
「何だ?未完成品は未完成品だし、完成品は完成品。当然だろう。」
「すみません。見分けられないと思います。」
「見分けられないって?小学校卒の野郎さえ分かるぞ。」
「だって、セメントは JIS なら、原料の砂利と砂がJAS と云う訳ですか。そして、どうして丸太とコンパネがJAS なのか分かりません。合板はもっと完成品だという気がします。」
益々熊口が怒ってきた。「おまえ、馬鹿じゃないか?小学校卒の奴さえ分かるぞ。」
でも、僕も。「なーるほど。熊口課長、このJAS と JIS の疑問は我々のお客さんから来ましたよ。彼も分からなかった。こいつも小学校はまだ卒業していない訳だですよね。プロなのに。」
「今、何言った?」と熊口。
「聞いたしょ。わざわざ僕に侮辱を言おうとしたら、僕の知識について言ってよ。僕の学歴をほったらかしてよ!意地悪!」
もう、この場面はがマンガであれば、もう駒がショック ウエーブで一杯だろう。今でも熊口の顔を忘れないし、僕が言いすぎたと一切感じない。社長は「彼が親子の様に感じる」と言ったが、そうであれば、愛の鞭でも関心する人はそこまで言わないと思う。絶対に心の中では許さないと誓った。
その後は予想した通り。熊口は次の日に鬼山に告げ口したし、又長いお説教になった。でも、今回何か言われても僕が正しいと心の中で割り切った。僕は熊口課長は親心らしく振る舞っていなかったと主張した。社長は「不適当な行動と僕が思っても、部下は上司をとりわけ尊敬するべき」と言った。でも、今回は社長が割と柔らかい言い方をした。驚いた。
お説教の終わる頃に、熊口課長が呼ばれた。上司に謙虚の姿勢を見せて謝れと社長は僕に要求した。
さて、僕はどうした?葛藤なしで素直に謝った。プライドのない人なら、顔でさえ誠意を見せれば、それで充分だ。誠意のない謙虚は言いやすくなるし、英語式に言えば、「安いものだ。」「はい、これで終わりだ。」と鬼山は下した。
面談室を出たところで大事な事を意識した。僕はもう「マスク」をうまく作ってきた。たとえ人を憎んでも、まだ商売が出来るし、顔に見せない様になった。
ここで「俺もビジネスマンになりつつある!」と分かった。
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札幌では寒い時期が誠にしつこい。関東での満開桜をテレビで見ると「まだまだ1ヵ月は待つんだ!」と憧れる。でも、4月末の連休に入ると、やっと緑が多くなり、暖かい時期を期待する。
しかし、夏にも嵐が起きる。
僕が入社後9ヵ月目の或る日、課長らが出先に行き、在社した人は秘書、岡内部長、と鬼山社長だった。忙しい時期だから、社長を除き皆は電話を受けている。社長は相変わらず会社の会計をしている。「会計士の賃金を節約するし、俺の会社をもっと細かく行政出来る。」と社長が行った理由だった。良い事だろうが、いつもやると非常に不機嫌になり、触発だ。算盤パチパチとした音と、「何だ!」と社長のため息はいきなり窓際から来る。相変わらず真っ赤な顔をしている。よく頬の血管が切れないよね!と毎日考えてきた。
電話がきて僕が出た。グラスウールの問い合わせだ。価格表を拾ってページをめくった。「グラスウールですね。」物流制度、即ちメーカー、代理店、問屋、と小売店の値段が全部乗ってあるので、適当な欄から値段を言わないとならない。
値段をお客さんに教えたが、盗み聞きした岡内部長が「ちょっと待って。値段が違うと思う。価格表を見せて。」見せるとやはり岡内が正しかった。代理店の欄の値段を見逃して、よりにもよって低いメーカー価格を言ってしまった。岡内は電話を取って、正しい値段を顧客に教えて、それで済んだ。
済んだはずだが、しょう紅色の顔が攻めにウアーと来た。「堀越、間違えた値段を教えたんだろう?お客さんに言った値段は値段になるから、それは会社の損だ。何を考えているか?」
何も考えていない。単なる失言だった!「すみません、間違えました。2度としません。」
「しないだろうな。二度と値段を見積るのは禁止だ。値段を全部暗記するまで値段を言うな!分かった?値段を顧客に言うな!」
承知したが、勿論次の電話は見積りの問い合わせだった。もう値段を言う権限は岡内部長のみになったーー社長は値段は知らない。しかし岡内は電話中だ。僕は重ね重ね「少々お待ち下さい」と言ったが、お客さんはイライラしてきた。「部長の岡内から折り返しお電話させますか。」と聞いた。「いや、そりゃイカン。俺のお客さんは只今電話で待っている。待っているうち、少なくとも寸法を教えてよ。」
寸法は価格表の綴りに載っているので、思わずノートを拾って調べたが、鬼山の睨んでいる目に合った。
「堀越、値段を教えるなとついに言ったんだろう!何をしやがっているか!」
どちらと応対すればいいのかを迷った。怒りだしている社長か受話器でグチグチしているお客さん。
「堀越、受話器を置いておかないとクビだ!」
受話器を置いておいた。岡内が自分の電話を切り、僕の受話器を拾って用件を始末した。その間に脳溢血寸前の社長が机に戻り、どんな処分をすればいいのか考えた様だ。
いきなり、今でも分からない出来事が起きた。息が急に出来なくて苦しくなってきた。まるで僕の体が弓で、背骨が弓の糸だ。誰かが背骨を後ろから引っ張って、肺が圧迫される様に呼吸が出来なかった。ワタナベ貿易の抑圧に肉体的にも負けるところだった。
「...リス、大丈夫か。」
岡内だった。呼吸機能が戻った。
「はい」と喘いだ。
「お客さんに値段を言ったかい?」
「いえ、言いませんでした。」
「社長、クリスはしなかったって。」 社長は聞く耳を持っていなかった。「構わん。それはどうでもいいや。甘江と熊口が戻るまで待つ。そしてそいつをどうすれば良いのか決心する。」
落ち着く為にトイレに行って顔に水を浴びた。鏡を見ながら「あんたのせいじゃなかった、あんたのせいじゃなかった」と繰り返した。
戻って、暫くたってから、上司は皆揃えになった。面談室で4人の特別会議を開き、自分の机でずっと決断が出るまで待った。
呼び出されて、面談室で座らせられた。社長は結論を下した:
「堀越君、会社の為に自分の我を犠牲する覚悟をしている?そうじゃなければ、辞める段取りを取ってくれ。そうでなければ、俺の言う通りにぴったり従う。覚悟している?」
「しています。」
「これから新しい業務命令を述べます。これは出来ないと解雇となる。先ず、昼休みには事務所を出るんじゃない。弁当を買って机で食べる。そして、トイレに行けば、15分以内に戻ってくる。一日3回以上禁止。夜7:00以前に帰るのも禁ずる....」
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これで過去の話しを終わりにしよう。平成3年12月25日(クリスマス)、午前10:15、管理職4人が僕の将来について面談室で話し合っている。と言うよりも、社長が話して皆が合っているだろう。でも、今回、なぜ鬼山が怒っているか分からない。
「堀越君、入って。」と甘江が頭を出して呼んだ。
「失礼します。」と入るところで言った。
社長が怒り出した。「こら、見れよ。礼儀なし!」
「又部屋を入り直しなさい、クリス。」と甘江。
「何が駄目でしたか。」
「黙れ!」と鬼山。
「クリス、ドアで止まって、お辞儀して、そして『失礼します』と言いなさい。」と甘江が指導した。
又入室をし直した。僕は甘江の隣に座せられて、熊口、岡内、と鬼山で3対2となった。きっと椅子が足りたら社長は4対1にするだろう。
鬼山:「甘江君、何を部下に教えているか。上司に『おはようございます』と言わない事?」
なるほど!それについて怒ったのか。朝一番、社長に挨拶を言わなかったのか。ずっと小樽運送と話し中だった。社長の登場さえ気が付かなかった!
「こいつはいつでもそうしている?」と社長。
岡内と甘江は無言だったが、熊口:「俺にもおはようございますって言ってくれなかった朝もありましたよ。」
「堀越、なぜおはようと上司に言わない?」
無言。
「言え!」
僕:「社長、いつでも『おはようございます』と言っていますよ。今朝は電話中なのでーー」
鬼山:「そりゃ言い訳にならん。おまえ、自己弁護するな!何回言われると分かる?年明けからずっと教えている癖に、まる一年たっても何も学んでないしょ。まだ上司の命令に従わない。岡内君、堀越は従う気があると思う?」
岡内は黙殺。
「甘江君?」
「時々クリスは業務命令が分かっていない気がする。」
「分かっていないって?もう分かるべきだ。日本語を怠けているだけだろう?」
そこで甘江は無言になった。
「熊口君、どう思う?」
「社長、こいつは命令に従わないと思う。今朝、彼が地下鉄で英字雑誌を読んでいるところを見た。」
又裏切られた!
社長:「それじゃ、堀越、俺の会社を辞め給え。」
どうする?
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(つづく)
Copyright 1997, David C Aldwinckle, Sapporo, Japan
編集担当者へ: それでは、僕の小説からの抜粋を終わりにします。僕の未和訳の小説は英字Double Spaceでは約1000頁ありますので、まだまだ書きたい事があります。会社での虐待のみではなく、来日で経験した事と感想もあります。そして、会社であった事ですが、40頁に入れられなかった事は:甘江とインドネシアへの出張(連れて行った顧客の為の売春斡旋事件が相次いだ)、熊口のススキノで浮気誘惑、熊口がフミの前で俺に暴力を振る、熊口がフミにこっそり電話して2人で逢おうと誘う、僕がなぜノイローゼを防ぐ事件、僕の労働基準局に訴える脅迫 とも。
会社の事は英字Double Spaceで約300頁がありますので、きっと充分長い話しになると思います。興味があれば是非頼んで下さい。喜んで僕なりの日本語に訳して出来るだけ早く提出致します。
宜しくお願い致します。
アルドウインクル デビット
札幌市
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