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小樽訴訟弁護団 控訴理由書(03年3月5日札幌高裁提出)

平成14年(ネ)第498号損害賠償控訴事件

控訴理由書

          
控訴人  菅原有道出人
             被控訴人 小樽市

2003(平成15)年3月5日   
  
            右控訴人訴訟代理人
                弁護士 東澤靖
                弁護士 丹羽雅雄
                弁護士 西村武彦
                弁護士 芝池俊輝
                 
札幌高等裁判所第3民事部 御中
  
控訴人は次のとおり控訴理由を提出する。

第1 原判決における重要な事実認定の遺脱及び誤認
 原判決は、「被告小樽市は、湯の花における外国人一律入浴拒否について、地方公共団体の事務の一環として、前記のような諸活動をした」(原判決24頁以下)と一定の事実認定をした。
    しかし、原判決のした事実認定は、証拠に基づかない事実認定、恣意的な証拠の採用による事実認定、そして証拠上明らかな事実の見逃しなど、明らかな事実誤認があるから、原判決は破棄されなければならない。

 1 入浴拒否と人種差別に対する被控訴人における認識時期
 原判決は「小樽市内においては、公衆浴場『オスパ』が平成5年7月ころから、同『パノラマ』が平成6年4月ころから、一律に外国人の入浴を拒否していた」(原判決15頁)と正しく事実を認定した。
   しかし、他方で、1993年当時既に入浴拒否が人種に基づく差別であることを認識していたという証言(竹内一穂主幹証言調書20頁)を意図的に無視することで、被控訴人が差別状態を長期にわたり放置してきたという重要な事実認定を失念する誤りを犯している。
   1993年7月頃及び1994年4月頃の入浴拒否の事実は、単なるエピソードではなく、被控訴人の担当部署の責任者である竹内証人が証言するとおり、観光都市及び国際都市(平成13年5月1日付被控訴人準備書面)を標榜する被控訴人のもとで発生した人種に基づく差別行為であることを強く認識させる事実として認定されなければならない。
   そして、1996年1月に発効した人種差別撤廃条約の存在や、本件入浴拒否の約1年前である1998年10月の時点ですでに湯の花の問題が被控訴人に苦情などの形で知られることになった事実(乙ロ5、乙ロ6、乙ロ8)に照らせば、後に第2で詳しく述べるように、1999年の本件事件当時まで被控訴人が人種に基づく差別を単に放置していただけではなく、その放置の状態は高度の違法性を帯びた状態であることが認定され得るものである。そして同じく第2で述べるように、被控訴人に条例の制定を義務づける重要な立法事実となるのである。
 それにもかかわらず、原判決はそのような重要な事実を認定せず、その結果、被控訴人の不作為の違法性について誤った結論へといたっている。

 2 公衆浴場業者側の要望と被控訴人の対応
(1)公衆浴場業者側の要望
   原判決は「原告菅原及び同カルトハウスは、平成12年1月3日、湯の花を訪ね、湯の花の支配人小林勝幸に対し、外国人一律入浴拒否を改めるよう申し入れた」旨の事実は認定する(原判決16頁)が、その際の湯の花側の重要な言動については認定していない。すなわち、この時湯の花の小林支配人は、控訴人(原告ら)に対し、「この問題は小樽市に1番責任があります。市民の外国人嫌いの考え方を変えようとしていません。小樽市民が外国人を嫌っているから、我々は断わらなければならない。小樽市が意識高揚のためのフォーラムや説明会などねばり強い啓蒙活動でもやればなんとかなるのに」などと述べて、被控訴人のそれまでの対応を批判していたのであるが、原判決はその事実を全く認定しないという誤りを犯している。
 こうした公衆浴場業者側の被控訴人に対する要望や批判は、原審においても繰り返されている。すなわち、入浴拒否が発生していた早い時期に公衆浴場業者側は、外国人の入浴を確保するための施設の設置や既存の入浴施設への助成措置を提案・要望していたが、被控訴人は、予算不足を理由にそれらの措置を即座に拒否していた(小林勝幸証言調書18−20頁)。また、公衆浴場業者側は、市民による外国人との交流と理解について被控訴人がとってきた支援はその内容や継続性において不十分なものであり、それが十分にあれば入浴拒否の問題も早期解決できたのではないかと考えていた(同前20−21頁)。そして、条例の制定についても、湯の花側は、一定の留保をつけながらも、「受け入れやすくなる部分はあり」、「ある意味では積極的に賛成でございます」との認識を持っていたのである(同前22頁)。
 これらの事実は被控訴人の条例制定不作為の違法性の認定などに深く関わる事実である。それにもかかわらず、それをしていない原判決の破棄は免れがたい。

(2)被控訴人の対応
 以上のような公衆浴場業者側の認識に対し、被控訴人が、1993年当時「オスパ」での入浴拒否、1994年「パノラマ」での入浴拒否の事実とそれらが人種に基づく差別であることを認識していて以降、とってきた措置の貧弱さは、原審の記録においても明白である。
 すなわち、1992年当時で2万人近いロシアの船員等が上陸し、その中のごく一部の者による犯罪行為などが、小樽市民、とりわけ高齢者などを中心とする市民の一部にロシア人全体に対する偏見・誤解を生じさせていたもとで、被控訴人は、そのような誤解・偏見は被控訴人の施策である国際親善・国際都市化の阻害要因であり、かつ、そのような偏見・誤解が本件入浴拒否の遠因になっていることを知りながら放置してきたのである。
 このような経緯について、小樽市国際交流担当主幹竹内氏は、道新の取材に対し「毎年、小樽港にはロシア船が多数入港しています。年間3万人近くのロシア人船員が市内で買い物し、小樽経済に一定の経済効果をもたらしている。(中略)、ロシア人を暖かく迎えられない環境があることは事実です(中略)、日本は人種差別撤廃条約を批准していますが、国内法の整備はまだ進んでいません。小樽市が先行して条例を制定するのは時期尚早と考えます」(甲10・平成12年5月7日付道新)と述べている。そして実際に1989年頃から入国が急増していたロシアの人々に対して存在する「暖かく迎えられない環境」とは、1993年からその存在が被控訴人に認識されはじめた入浴拒否という人種差別も当然に含まれていた。
 それにもかかわらず、本件入浴拒否においては、被控訴人がその問題の所在を早くから認識しながら、何ら実効的な措置を取ってこなかった事実を、原判決はまず明らかにすべきであった。
 これに対して原判決は、被控訴人が「本件入浴拒否等の問題解決に向けてさまざまな施策を行ったもの」(原判決26頁)と認定する。
   しかし、入浴拒否は、本件以外に、1993年のオスパの入浴拒否、1994年のパノラマの入浴拒否、1998年頃の大正湯の入浴拒否と長期にわたって存在し続けてきた。それにもかかわらず、原判決の認定する被控訴人が「本件入浴拒否等の問題解決に向けて」行った様々な施策とは、1998年10月以降に取られたものをさすにすぎない。逆に言えば、それ以前には、被控訴人は入浴拒否という人種差別に対し何らの措置も取ってこなかったものであり、原判決は、被控訴人の不作為の違法性を判断するに際しては、そのことを正しく認定すべきであった。

第2、人種差別撤廃条約のもとでの小樽市の法的義務違反
1、 原判決の判断の誤り
 原判決は、被控訴人が、人種差別禁止を目的とする条例を制定し、またはその他人種差別を禁止し終了させる措置をとる法的義務が存在したのに、それを履行することなく控訴人の人種差別の被害に寄与したとの、控訴人の主張を退け、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した。
 原判決がその判断の理由とするところは、大要、人種差別撤廃条約のもとで被控訴人が負う人種差別を禁止し終了させる義務は政治的責務にとどまり、差別撤廃条例制定の法的義務を負わないと言うものであり(原判決24−25頁)、また、その他の措置を取らなかったことについては被控訴人に与えられた裁量権のもとで違法ではないというものであった(原判決26頁)。
 しかしながら、原判決は、人種差別撤廃条約のもとで被控訴人が負う義務の性格及び内容、ならびに被控訴人の持つ裁量権をはじめとする諸点について、法令の解釈を誤解し、誤って控訴人の請求を棄却したものである。

2、 人種差別撤廃条約の国内法的効力と地方自治体の法的義務
(1)人種差別撤廃条約の国内法的効力と同条約のもとでの義務
 人種差別撤廃条約のもとで、国をはじめとするわが国の公的機関は、同条約の国内での発効後、「人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとる」義務(第2条1項本文)及び「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる」義務(同項(d))を負っている。
 この条約上の義務は、国会が批准した国際条約には一般に法律に優越する国内法的効力が認められているもとで、わが国の公的機関が憲法に準ずる規範として負っている義務である。憲法に準ずる国内法的効力を持つ条約に拘束されることについては、国家機関であろうと地方自治体であろうと区別はなく、条約の命ずるところを履行する義務を負っている。
 なお被控訴人は、原審において人種差別撤廃条約のもとでの義務は、地方自治体を直接に拘束するものではないととれる主張を行っていた。しかしそれは国際法と国内法とを混同するものにすぎず、その誤りは明らかである。すなわち、国際条約が国家間の合意であるという性質のもとで国際法上国家が原則として条約の権利や義務の主体となることは当然である。しかし、そうした国際条約がいったん締結された以上、その国際条約のもとでどのような国内法上の効力が付与されるかは、各国の条約の受容形態、そして国際条約がどの程度具体的に個人の権利義務に言及しているかによって決定される。そして英国のような国際法・国内法二元論をとる国家は別として、日本のように一元論の立場に立つ国家においては、国際条約をはじめとする国際法は何らの編入措置を取ることなく直ちに国内法としての効力を有し、国内法として国家やその他の公的機関を拘束するものである。
 この点に関して原判決は、「公権力の一翼を担う機関として、国と同様に、人種差別を禁止し終了させる義務を負うとしても、」(原判決25頁)として、地方公共団体である被控訴人も「公権力の一翼を担う機関として」同じく人種差別撤廃条約のもとでの義務を負うことを認めている。

(2)法的義務としての被控訴人の人種差別撤廃義務
 ところが、原判決は、「それは政治的責務にとどまり、個々の市民との間で、条例を制定することによって具体的な人種差別を禁止し終了させることが一義的に明確に義務づけられるものではないと解される。」(原判決25頁)などと述べて、人種差別撤廃条約のもとでの義務が地方自治体の法的義務であることを否定している。しかし、この判断は、同条約のもとでの義務が、「政治的責務」とする点でも、「一義的に明確に義務づけられるものではない」とする点においても、誤った解釈であるといわざるを得ない。

@ 政治的責務
 「政治的責務」という用語は、通常、法的文書について、法的規範性を否定する場合や、法的規範性は認めるもののその文言の抽象性や財政出動の必要などを理由に直接的な裁判規範性を否定する概念として用いられている。たとえば、憲法25条1項の生存権保障規定の法的性格を議論するために、しばしば「政治的責務」という用語が用いられてきた(たとえば、札幌高裁昭和54年4月27日判決 判例時報933・22、大阪地裁昭和55年10月29日判決 判例時報985・50など。ただし、これらの判決例ではいずれも憲法25条1項は、「政治的責務」にとどまらない法的権利義務を定めた規定であると判断している。)
 このような意味で第1に、原判決が「政治的責務」という用語を用いることによって、人種差別撤廃条約の法的規範性自体を否定するのであれば、それが誤りであることは明らかである。すでに述べたように国会で承認された条約は、法律に優先して憲法に準ずる国内法的効力を持つのであるから、そのような人種差別撤廃条約が法的規範性を持つことは明らかである。
 第2に、人種差別撤廃条約は、その文言の抽象性や財政出動の必要などを理由に直接的な裁判規範性を否定されるべき理由もない。同条約の規定する人種差別の禁止や撤廃は、何が人種差別であるかが定義され(同条約1条)、禁止や撤廃のためにどのような措置が義務づけられているかが具体的に列挙されて規定されている(同条約2条ないし7条)点で、憲法14条1項に比べてはるかに具体的な法規範である。社会保障の権利などと異なり、人種差別の禁止や撤廃自体が、直ちに財政出動を必要とするものではない。それゆえ、人種差別撤廃条約は、憲法14条1項が裁判規範性を認められる以上に、直接的な裁判規範性が認められるべき法規範である。
 実際にも、私人間の人種差別については、民法の一般条項を通じて人種差別撤廃条約の禁止する内容が裁判規範たりうることは、原審自身が前提とするところである。また、同条約は、国及び地方のすべての公の当局及び機関が人種差別行為を行わない義務も規定しているが(同条約2条1項(a)、4条(c))、公の当局及び機関が人種差別行為に関与した場合に、それを違法とする理由として同条約が裁判規範として機能しうることは明らかであろう。それゆえ、同条約は、一般的に裁判規範性が否定される理由は、まったく存在しないし、そのことは同条約が要求する公の機関の差別撤廃義務についても変わるところはない。
 それゆえ、原判決自身が認める「公権力の一翼を担う機関として、国と同様に、人種差別を禁止し終了させる義務」は、その義務の内容について次項以下に詳しく述べるような議論があるとしても、裁判規範たりうる法的義務であることは明らかである。それゆえ、この義務が、「政治的責務」でしかないとする原判決の判断は、人種差別撤廃条約の国内法的効力の解釈を誤ったものである。

A 一義性
 原判決が、「一義的に明確に義務づけられるものではない」と述べる法的義務は、その対象として条例を制定することに限定して述べている点で、その前提を誤るものである。被控訴人が、人種差別禁止の具体的な措置として条例を制定すべきであったことは、後に明らかにするが、そのような条例制定義務の有無を、人種差別撤廃条約自身の文言の有無で判断することは本来無意味なことであろう。すなわち、条約は、異なる多数の法域において汎用することを前提にその文言が定められているのであり、地方自治に関する法制も多様な諸国に汎用すべき条約において、「条例」など履行の方法を限定してその実施を義務づけることなどそもそもあり得ない話である。それにもかかわらず、原判決が条約中の「条例」の文言が存在しないことを理由に条例制定義務の存在を否定するとしたら、それはおよそ誠実な法解釈とはいえない。
 むしろ人種差別撤廃条約が「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる。」(同条約第2条1項d項)と定めているもとで公的機関が負う法的義務は、それぞれの法域での相違はあったとしても、それぞれの法域で適当とされる方法を通じて人種差別撤廃の措置をとるべき具体的な義務なのである。
 そして、同条約は、さらに公的機関が具体的に、「特に次の権利の享有に当たり」人種差別を禁止・撤廃し、平等な権利を保障すべき分野として、本件入浴拒否のような公衆のサービスをあげている(第5条)。

 (f)輸送機関、ホテル、飲食店、喫茶店、劇場、公園等一般公衆の使用を目的とするあらゆる場所又はサービスを利用する権利

 それゆえ、本件公衆浴場のような「一般公衆の使用を目的とするあらゆる場所又はサービス」についての人種差別を禁止・撤廃し、平等な権利を保障するため、公的機関が、「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)」を遅滞なくとるべき法的義務は、人種差別撤廃条約のもとで一義的に明らかな義務であるということができる。
 それゆえ、このような実体的にみて一義的に明らかな義務の存否やその内容を検討することなしに、既に述べたような条約解釈にとってはほとんど無意味な「条例」の文言の有無を根拠に義務の一義性を否定する原判決には、その条約の判断課程において根本的な誤りが存在する。

(3)人種差別撤廃義務の履行方法
 以上のように、被控訴人が公的機関として、本件公衆浴場のような「一般公衆の使用を目的とするあらゆる場所又はサービス」についての人種差別を禁止・撤廃し、平等な権利を保障するため、公的機関が、「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)」を遅滞なくとるべき法的義務を科されているもとで、次に問題となるのは、いずれがその法的義務を実施するための適当な方法であるかという問題である。その問題を論ずる前提として、原判決は、人種差別に対し「罰則を科したりすることができる法律」や「一定内容の条例を制定すべき」法律など、国家的な法律の存在を条件としている節があるので、そのような認識が誤りであることを明らかにしておく。
 すなわち、日本政府は、人種差別廃絶義務の国内的履行について、そのために新たな立法を必要とするものではなく、現行法の運用によってその実施が可能であるとの立場に立ってきた。
 たとえばそのことは、人種差別撤廃条約の国会の承認を行う際にすでに明らかにされていた。第134回国会参議院外務委員会会議録第9号によれば、1995年11月30日の同委員会において、朝海和夫政府委員(外務省総合外交政策局国際社会協力部長)は、条約の批准に際してどのような措置をとるのかという清水澄子参議院議員の質問に対し、
「そこで、この条約について申し上げれば、この条約を実施するに当たって新たな立法措置が絶対必要であるということではないということでございまして、逆に申し上げれば、現在の法律がこの条約に積極的に抵触している点はないという立場でございます。」と答弁し(6頁2段目)、
また、河野洋平国務大臣(外務大臣)も、
「ただ、この条約ができて初めて我が国がこの人種差別の撤廃を始めるのではもちろんなくて、これまでもこうしたことがあってはならないという基本的な考え方が我が国には基本的にはあるわけです。基本的人権の尊重というものは、我が国憲法の中でもきわめて大事な柱、最も大切な柱と言っていいかもしれません。こうしたことを我が国は基礎としてやってきているわけですから、ここで条約をこの国会でご承認いただいたから改めて初めてこれに取りかかるということではないわけです。」と答弁していた(6頁3段目)。
 それゆえ、被控訴人は、人種差別撤廃条約のもとで、新たな立法措置を待つことなくその法的義務を履行することに何ら法的な障害はなかったし、それが要求されていたものである。

3、 条約のもとで被控訴人が負う条例制定義務
(1)具体的な法的義務の発生
 小樽市内において、外国人入浴拒否問題が発生したのは、本件事件の発生にはるかに先立つ1993年秋であり(乙ロ第14号証1頁)、被控訴人においても、その頃から外国人入浴拒否問題が存在し、それが人種差別であることを認識していた(竹内一穂証言調書20頁)。他方で、人種差別撤廃条約は、1996年1月14日にわが国において発効したのであるから、被控訴人は、その頃までに本件公衆浴場のような「一般公衆の使用を目的とするあらゆる場所又はサービス」についての人種差別を禁止・撤廃し、平等な権利を保障するため、公的機関が、「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)」をとるべき具体的な法的義務が発生していたものである(同条約2条、5条)。
 地方自治法は、「住民に身近な行政はできる限り地方公共団体に委ねることが基本」とされているのであるから(第1条の2第2項)、外国籍船の寄港によりとりわけ、外国人入浴拒否事件が発生していた小樽市においては、被控訴人自身が身近な行政課題としてこの問題に対応することが求められていた。
 さらに人種差別撤廃条約6条は、「権限のある自国の裁判所及び他の国家機関を通じて、この条約に反して人権及び基本的自由を侵害するあらゆる人種差別の行為に対する効果的な保護及び救済措置を確保」することを義務づけている。それゆえ、被控訴人はすでに長らく認識していた入浴拒否という人種差別行為の被害に対し、「人種差別の行為に対する効果的な保護及び救済措置を確保」する義務を負っていた。なお、原判決は、同条を「主に裁判手続等による救済方法を確保するという手続的保障に関する規定」(原判決25頁)と裁判手続による事後的な救済手続に限られるかのような誤解をしているが、同条は、「他の国家機関」が「効果的な保護及び救済措置を確保」することを義務づけている。その意味で原判決は、同条を文言に反して狭く解釈するという誤りをおかしている。

(2)被控訴人による法的義務の履行方法
 被控訴人は、後に控訴人が人種差別の被害を受けることになった「湯の花」に対し、再三にわたり任意にその人種差別を止めるべきことを求めていた。すなわち、1998年10月6日には外国人に対する理解と協力を求める指導を行い(乙ロ第6号証)、同月9日には改善するよう要請を行い(乙ロ第7号証)、同月26日には再考するよう強く要請したが(乙ロ第8号証)、「湯の花」の受け入れるところとはならなかった。
 それゆえ、被控訴人は、遅くとも1998年10月26日までには、「湯の花」に対し任意の履行を求めて説得するだけでは、「湯の花」の人種差別行為が止むことはなく、「湯の花」の人種差別行為に対し何らかの法的な義務を課すことなしには、「人種差別を禁止し、終了させる」ことはできないことが明らかとなっていた。
 他方で、普通地方公共団体である被控訴人が「人種差別を禁止し、終了させる」ために、「湯の花」の人種差別行為に対し何らかの法的な義務を課す措置は、地方自治法上、「法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない」とされている(同法14条2項)。よって、被控訴人が「湯の花」の人種差別行為に対し「人種差別を禁止し、終了させる」ためには、法的な義務を課す条例を制定する以外に、取りうる適当な方法が存在しないことが、「一義的に明らか」になっていたものである。この点は、原判決自身、「しかしながら、差別撤廃条例の制定以外に、本件入浴拒否のような人種差別を禁止し終了させるために地方自治体である被告小樽市が取りうる施策は限られており、また、これらの施策が必ずしも有効であるとは限らない。」として認めているところである(原判決26頁)。
 すなわち被控訴人は、遅くとも1998年10月26日までには、「人種差別を禁止し、終了させる」という人種差別撤廃条約のもとでの法的義務を履行するためには、条例によって「湯の花」の人種差別行為に対し何らかの法的な義務を課す以外の適当な方法がないという状況にいたっており、そのような条例制定のための具体的な法的義務を負うに至っていたものである。
 それにもかかわらず、被控訴人は、条例制定のための措置を何ら取ることなく、「湯の花」の人種差別行為を継続させた過失により、控訴人は1999年9月、「湯の花」による入浴拒否という人種差別行為の被害を繰り返し受けることとなったのである。

4、 公衆浴場の確保のための特別措置法に基づく措置
 すでに詳しく述べたように、日本政府は、人種差別廃絶義務の国内的履行について、そのために新たな立法を必要とするものではなく、現行法の運用によってその実施が可能であるとの立場に立ってきた。
 また、日本政府は、同条約のもとでの第1回定期報告書においても、第2条が義務づける私人間における差別の禁止について、以下のように述べて諸法令のもとでの指導、啓発等の措置を通じて、差別撤廃義務を尽くしていることを報告している。

41.憲法第14条第1項は、人種等の差別なく法の下の平等原則を定めたものであるが、このような考え方等を踏まえ、我が国は、教育、医療、交通等国民生活に密接な関わり合いを持ち公共性の高い分野については、各分野における関係法令により広く差別待遇の禁止が規定されているほか、その他各種の分野につき関係省庁の指導、啓発等の措置を通じて差別の撤廃を図っている。

 それゆえ、日本において条約2条の人種差別撤廃義務は、それぞれの問題に関係する公的機関が、関係する諸法令の一般条項を用いて実施することが義務づけられているものである。
 以上の観点で、公衆浴場の確保のための特別措置法(以下、「特別措置法」)を見れば、同法は、「住民のその利用の機会の確保を図」ることを目的として制定されているが(1条)、人種差別撤廃条約の法的義務のもとでは、住民が人種差別を受けることなく「その利用の機会の確保を図」ることも目的とされているというべきである。
 そしてこの特別措置法のもとで、国及び地方公共団体は、「必要な措置を講ずることにより、住民の公衆浴場の利用の機会の確保に努めなければならない。」(3条)とされ、「所要の助成その他必要な措置を講ずるように努める」とされている(5条)。それゆえ、地方公共団体である被控訴人は、住民が人種差別を受けることなく公衆浴場の利用の機会が持てるように、その機会の確保に努め、助成その他必要な措置を講ずる義務を負っていた。
 それにもかかわらず被控訴人は、そのような特別措置法のもとでの措置を取ることなく、控訴人に対する人種差別の被害を発生させたものである。

5、 公衆浴場法のもとでの営業停止措置
 人種差別撤廃義務は、それぞれの問題に関係する公的機関が、関係する諸法令の一般条項を用いて実施すべきものとされていることはすでに述べたとおりである。
 公衆浴場の設置許可について定める公衆浴場法は、その3条1項において、営業者に対し「入浴者の衛生及び風紀に必要な措置」を講じることを義務づけている。ここで用いられている「風紀」という用語は、実際の運用においては浴場における男女の区別を意味するものとして用いられているが、本来は一般に「日常生活のきまり」(広辞苑)を意味する用語であり、公序と類似の意味を含むものである。そして人種差別の禁止は、憲法第14条1項のもとですでに公序としての「風紀」であったが、人種差別撤廃条約の発効により、より具体的に公序の一部をなすにいたっているのであり、それは「風紀」の一つとして解釈されるべきである。そして、公衆浴場である「湯の花」が、入浴拒否という人種差別行為を継続することは、その営業者が自ら「風紀」を害する行為に従事していたものであり、公衆浴場法3条1項に違反する行為であることは明らかであった。
 営業者において公衆浴場法3条1項の違反行為があった場合、都道府県知事は、公衆浴場の経営許可を取り消し、または期間を定めて営業の停止を命ずることができるとされている(7条1項)。また、都道府県知事は、取り消しに先立ち、聴聞による審理を行うことが義務づけられている(同条2項)。
 こうした都道府県知事の許可をめぐる権限及び義務は、保健所を設置する市にあっては、市長に属するものとされている。それゆえ、被控訴人の小樽市長は、公衆浴場法の経営許可権限を行使することにより、経営許可の取り消しや営業の停止の可能性を背景に、「湯の花」に対して「風紀」の確立すなわち入浴拒否という人種差別行為の是正を求めることが可能であった。そして、前述のように被控訴人が「人種差別を禁止し、終了させる」という人種差別撤廃条約のもとでの法的義務の履行を迫られている中で、被控訴人の小樽市長にそのような是正措置を行わせる具体的義務が存し、また小樽市長自身が公的機関の一部として同様の義務を負っていた。
 それにもかかわらず被控訴人は、そのような義務を履行せず、あるいは小樽市長が義務を履行することなく、控訴人に対する人種差別の被害を発生させたものである。

第3、被控訴人による法的義務違反の違法性
1 以上検討してきた事実経過ならびに法的義務のもとにおいて、被控訴人は、以下に述べる措置を緊急に講じ、人種差別を是正する法的義務を負っていたものというべきである。

(1)条例の制定義務
 すでに述べたとおり、被控訴人は、遅くとも1998年10月26日までには、「湯の花」に対する指導・要請によっては「湯の花」の人種差別行為を中止させることができず、何らかの法的な義務を課すことなしには、「人種差別を禁止し、終了させる」ことができないことが明らかとなっていたのであるから、被控訴人としては、人種差別撤廃条約のもとでの法的義務を履行するため、速やかに条例を制定する必要があった。
 被控訴人は、法律の制定を待たずして強制力を持つ条例を定めることは困難であると判断した旨主張するが、大阪府においては、昭和60年3月、興信所・探偵社業者が部落差別につながる調査、報告を行うことの禁止を目的として、「大阪府部落差別事象に係る調査等の規制等に関する条例」が制定されており、かかる条例のもと、1か月以内の営業停止命令のほか、3か月以下の懲役又は10万円以下の罰金刑が定められているのであって、被控訴人の上記判断は謝った認識に基づくものである。

(2)条例制定以外に取るべきであった措置
 以上に述べた条例以外の措置としても、被控訴人は、入浴拒否という「人種差別を禁止し、終了させる」ために、以下のような措置を取るべき義務を有していたにもかかわらず、それを行わなかったものである。

ア 小樽市としての宣言
 これまで、被控訴人は、交通事故の増加や悪質な暴力事件の発生、核兵器開発に伴う平和に対する危機などといった深刻な社会問題が発生する度に、「交通安全都市宣言」(昭和37年3月24日)、「暴力追放都市宣言」(昭和45年7月13日)、「核兵器廃絶平和都市宣言」(昭和57年6月28日)といった宣言を次々と決議し、それらによって広く世論を喚起することで、様々な課題を解決すべく努めている。
 そして被控訴人は、入浴拒否という人種差別行為に対し、何よりもまず小樽市がそのような人種差別を許容せず、人種差別は違法であるという立場を、明確にすることが可能であった。それによって、湯の花などの公衆浴場業者やそれを利用する市民は、自分たちが行いあるいは希望することが許されない一線を明確に認識して、入浴拒否の問題に対応することができたはずであった。
 被控訴人は、このような宣言の手段によってその姿勢を明確にする措置に経験を有し、かつ、それが問題解決のために有効な手段となり得たのであるから、本件入浴拒否問題に直面した被控訴人としても、任意に相手の履行を求め、相互理解を深めるなどといった不明確な措置に止まることなく、公衆浴場業者を含む市民に対して、本件入浴拒否問題の解決に向けた強い決意を示すべく、人種差別根絶に向けた宣言に向けた措置を早急に行う必要があったというべきである。
 なお、このような人種差別に向けた措置は、人種差別の是正のための措置としてすでにこれまで用いられ、また、有効な手段として機能している。
  すなわち、浜松市は、1999年10月、静岡地方裁判所浜松支部において、ブラジル人の退去を求めた貴金属店に損害賠償の支払を命じる判決が下されたことを機に、外国人住民との地域共生の確立を目指し、2001年10月19日に「外国人集住都市公開首長会議」を開催し、外国人のための教育・社会保険制度・登録手続等の改善を提言内容とした「浜松宣言」を採択するとともに、関係各省庁にその申し入れを行った。その後、かかる「浜松宣言」は大きな波紋を呼び、2002年11月には、参加都市首長と関係省庁の責任者が一堂に会し、課題解決のための意見交換を行う「外国人集住都市東京会議」が開催され、同会議において参加14都市による「共同アピール」が採択された。さらには、同年8月に、ブラジルにおいて「浜松宣言及び提言」に呼応する形で「サンパウロ・ロンドリーナ宣言」が採択されるに至っているのである。

イ 議会における決議
 上記宣言と同様に、被控訴人は、小樽市に存在する公衆浴場における入浴拒否を是正する旨の議会決議を求めることが、可能であり必要であった。かかる決議が、議会において採択されていたならば、それを理由として施設側に対して効果的な指導・要請を行うことが極めて容易であったことは明らかである。

ウ 公衆浴場の確保のための特別措置法に基づく措置
 前述したとおり、被控訴人は、公衆浴場の確保のための特別措置法のもとで、住民が人種差別を受けることなく公衆浴場の利用の機会が持てるように、その機会の確保に努め、助成その他必要な措置を講ずる義務を負っていたのである。
 かかる特別措置法のもと、被控訴人としては、外国人に対する一律入浴拒否を行っていない浴場については助成を行うなどの優遇措置を講じることが可能であった。しかしながら、このような措置について被控訴人は、公衆浴場側からの提案や要望があったにもかかわらず、それを拒否し続けていたものである(小林勝幸証言調書18−20頁)。

エ 公衆浴場法のもとでの営業停止措置
 すでに詳しく述べたように、公衆浴場である「湯の花」が、入浴拒否という人種差別行為を継続することは、その営業者が自ら「風紀」を害する行為に従事していたものであり、公衆浴場法3条1項に違反する行為であることは明らかであった。
それゆえ、被控訴人の小樽市長は、公衆浴場法の経営許可権限を行使することにより、経営許可の取り消しや営業の停止の可能性を背景に、「湯の花」に対して入浴拒否という人種差別行為の是正を求めるべきであった。しかし、被控訴人は、同法の趣旨を誤解してそのような措置を検討すらしなかった。

2 被控訴人の講じた措置が不十分であること
 原判決は、小樽市の講じた施策として、「被告小樽市は、第1入浴拒否後、同被告主催の国際交流関連団体連絡会議、外国人入浴拒否問題検討会議等を開催して本件入浴拒否等の問題を検討し、外国人向けの入浴マナーを記載したチラシを市内の船舶代理店及び免税店に配布し、外国人一律入浴拒否をしていた被告アースキュア等の公衆浴場経営者に対してこれを取り止めるよう指導・要請するなど、本件入浴拒否等の問題解決に向けてさまざまな施策を行った」こと等を列挙し、「小樽市は可能な諸施策を行」ったと判断する(原判決26頁)。しかしこれら、いずれの施策も、人種差別を防止あるいは是正するために何ら適切・有効なものではなく、いわば責任逃のための口実に過ぎないものである。

(1)国際交流関連団体連絡会議について
 被控訴人が3度にわたって開催したという国際交流関連団体連絡会議には、差別の実態を最もよく知る外国人もしくは関連団体を一切招待されていない。差別を受ける者の声に耳を傾けることなく、差別是正のための適切な措置について議論をすることはおよそ不可能であろう。被控訴人としては、第一に差別を受けたと主張する者や関係団体等から綿密な聴き取りを行い、小樽市内における人種差別の実態について幅広く情報を収集し、会議の場においてその報告をした上で、あるべき施策を検討する必要があったのである。現に、会議の出席者の中からも、「具体的にどのようなことが行われたのか、どのような断り方をしていたのか。」などという質問がなされている(乙ロ13)。

(2)「湯の花」に対する指導・要請について
  被控訴人が再三にわたって行ったという「湯の花」に対する指導は、担当職員が「湯の花」を訪れ、苦情が寄せられている旨及び入浴拒否を再考するよう繰り返し要請するというものに過ぎない。被控訴人が「湯の花」に手渡したという平成12年4月17日付要望書についても、「貴施設において外国人の入浴を拒否していることは、日本のよき文化を理解しようとしている外国人の方々を拒絶することであり、人種差別になることから大変遺憾に思います。」などと記されてあるにとどまり、「湯の花」による入浴拒否が明らかな人権侵害として人種差別撤廃条約に抵触するおそれがあることなどは一切触れられておらず(乙ロ23)、さらには、要望書の交付に関する報告書(乙ロ24)を見る限り、具体的な説得・交渉はなんら行われていないのであって、このような経緯に照らすと、被控訴人による「湯の花」に対する一連の接触は、単に「指導・要請を行った」という既成事実をつくることだけを目的としたものと言わざるを得ない。

3 原判決の条例以外の措置に関する法令解釈の誤り
(1)原判決の判断
 条例以外に被控訴人が取るべきであった措置について、原判決は、第1に、「どのような施策をとり、これをどのように実行するかは被告小樽市の裁量に委ねられている」ので「その不作為は、原則として違法ではな」いとし、第2に、「例外的に、被告小樽市において外国人一律入浴拒否に対し有効な施策を容易にとることができ、市民からみても被告小樽市がその施策をとることを期待するのが相当であるのに、これを怠った場合等に限って、違法となる」と判断している(原判決26頁)。しかしながら、以上に詳しく述べた人種差別撤廃条約及び諸法令のもとでの被控訴人の法的義務に照らせば、そのような法解釈ならびに原判決自らの基準の適用は誤っていると言わざるを得ない。

(2)被控訴人の裁量の範囲について
 まず、原判決は、人種差別撤廃条約のもとで被控訴人が負う「公権力の一翼を担う機関として、国と同様に、人種差別を禁止し終了させる義務」を裁量的な義務であり「その不作為は、原則として違法ではな」いと判断するが、それらは論理的に整合しない。
 原判決が述べるように被控訴人が「公権力の一翼を担う機関として、国と同様に、人種差別を禁止し終了させる義務」を負う以上、そのためにとる措置の選択においてたとえ一定の裁量が認められるとしても、「人種差別を禁止し終了させる」ための措置をそもそも取るかどうかという不作為の問題はもはや裁量の範囲ではない。いいかえれば、上記の義務のもとで論理的に導かれるのは、被控訴人は「人種差別を禁止し終了させる」ために何らかの措置はとらなければならないということであり、何もしない不作為が「原則として違法ではない」と判断される余地はないはずである。
 加えて、すでに詳しく述べたように、人種差別撤廃条約のもとで被控訴人が負うのは、以下のような具体的な法的義務である。
「人種差別を非難し、また、あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとる」義務(第2条1項本文)
「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる」義務(同項(d))
「権限のある自国の裁判所及び他の国家機関を通じて、この条約に反して人権及び基本的自由を侵害するあらゆる人種差別の行為に対する効果的な保護及び救済措置を確保」する義務(第6条)
 それゆえこれらの法的義務のもとで、審査されるべきなのは、与えられた状況の中で被控訴人が条約のもとでの義務の具体化を迫られるような状況があったかどうか、そしてそのような状況に照らして被控訴人の取った措置が「適当」であったかどうかという諸点なのである。それゆえ、被控訴人の取るべき措置の選択に一定の裁量の余地が認められるとしても、それは決して広範または無限定のものではなく、与えられた状況のもとで適切なものである必要がある。
 これを本件に照らして見れば、被控訴人は、小樽市内において、1993年秋頃から外国人入浴拒否問題が発生し、その問題の存在とそれが人種差別であることを当時から認識していたにもかかわらず(竹内証言調書20頁、乙ロ第14号証1頁)、「湯の花」の入浴拒否が問題となった後の1998年10月まで、何ら具体的な措置を取ってこなかった。さらには、同月以降湯の花に対して繰り返し「理解と協力を求める指導」(乙ロ第6号証)「改善要請」(乙ロ第7号証)や「再考の強い要請」(乙ロ第8号証)などを行うが、そのような任意の理解を求める説得では、人種差別を禁止し、終了させる」ことができないことは明らかとなっていた。
 そのような状況の下で、被控訴人がとるべき「適当な」措置は、入浴拒否が人種差別であり小樽市はこれを違法と考え、「禁止し、終了させる」決意を公に明らかにすることであったし、また、現行法規を活用して「湯の花」をはじめとする公衆浴場業者を入浴拒否の中止へと誘導することであった。そのような措置としては、すでに詳しく述べたような、ア 小樽市としての宣言、イ 議会における決議、ウ 公衆浴場の確保のための特別措置法に基づく措置、またはエ 公衆浴場法のもとでの営業停止措置などの措置をとることが、必要かつ適当だったものである。
 それにもかかわらず、こうした必要かつ適当な措置をとることなく、放置した被控訴人の不作為は、明らかに違法なものであり、控訴人の人種差別の被害に大きく寄与するものであった。

(3)原判決が違法と判断する基準のもとでの被控訴人の違法性
 さらに、原判決が第2に、例外的に違法であると判断する「被告小樽市において外国人一律入浴拒否に対し有効な施策を容易にとることができ、市民からみても被告小樽市がその施策をとることを期待するのが相当であるのに、これを怠った場合等」(原判決26頁)に照らしても、被控訴人の不作為の違法性は明かであろう。
 すなわち、被控訴人が1993年当時から外国人一律入浴拒否の存在とその人種差別性を認識しながら、何らの措置も取ってこなかったこと、1998年10月以降取られた任意の再考を促す措置は「湯の花」の抵抗の前に功を奏しないことが直ちに明かとなったこと、そして被控訴人には自身の先例や各種法令の活用により容易に取りうる手段が存在したことは、前項で述べたとおりである。そして実際に、他の二公衆浴場や「湯の花」が外国人一律入浴拒否に動き出したのは、控訴人をはじめとする一審原告らが自らの犠牲において提訴を行い、「その結果、外国人一律入浴拒否問題がマスコミで取り上げられ、世論の関心が高まった」(原判決26頁)という過程を経てのことであった。逆に被控訴人がチラシ等を作成して対外的に広報しようとしたのは、「外国人向けの入浴マナー」(原判決26頁)であり、決して外国人一律入浴拒否の禁止や人種差別の禁止ではなかったのである。
 原判決は、「被告小樽市は、可能な諸施策を行い、それによる相応の効果もあったというべきである。そして、現法制下において、市民からみても被告小樽市が期待するような上記の施策以外の有効な施策は想定しがたい」(原判決26頁)などと述べるが、それが以下に空虚かつ事実に反した評価であるかは、以上の事実に照らせば明白であろう。

 以上の次第で、原判決には、事実の認定及び法令の適用について重大な誤りがあり、その結果、被控訴人の不作為の違法性を否定して控訴人の請求を棄却するという不当な結論にいたっている。よって、原判決を破棄の上、控訴人の請求を認容するよう求める。

以上

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